短編1

□お返しはひとつ
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雛森の部屋の小さな流しで、水さしと湯呑みを盆に乗せて運びかけた日番谷の耳に、戸の向こうから雛森を呼ぶ声が聞こえた。



「…雛森副隊長。……あの、おかげんいかがですか?」




見舞い、か……?




雛森には聞こえていないのだろう。返事がない。
日番谷は、素早く戸に近付き開けると、男の隊員が立っていた。

その手には綺麗な箱。



それを目にするや、日番谷の霊圧が少しずつ上がっていく。



「ひ、日番谷隊長!」



「……なんだ?。雛森は今臥せっている。用件なら代わりに聞いておこう。」



「い、いえ!あの、た、大したことではないので……。」


「遠慮するな。それを渡せばいいのか?」



隊員の手にある、明らかホワイトデーの物であろう品に目をやり、手を出した。



「い、いえ!こ、これは…、あの…。」



慌てて後ろにかくしたが、既に遅い。
日番谷は眼に力を込めて隊員に告げる。



「渡しておくと言っているだろう。」



「ひっ!」



日番谷の、断ることを許さない迫力に隊員は震え上がる。





ああ、無事に副隊長の手に渡りますように。




泣く泣く隊員は日番谷にそれを手渡すのだった。
























「ふん。」



男の隊員を追い返し、戸をピシャリ、と閉める。



「部屋まで押しかけて来やがって。」



忌々しげに呟いて、手に持つ預かり物をその辺にある紙袋に詰め込んだ。

もちろんこれも処分品だ。




紙袋をその辺に放り、雛森の元へ盆を運んだ。





彼女は再び眠りについたようで日番谷が戻って来ても瞼は固く閉じられたまま開く気配はない。

その痛々しい姿に日番谷は側を離れられない。


と、またもや戸の向こうから声がした。



「ちっ。」



つい舌打ちしてしまう。



雛森は苦しんでいるというのに、また客か。




日番谷は立ち上がり、また戸を開けると、こちらもまた手に品を持った隊員。




一気に眉間の皺が倍増した。


「うわ!日、日番谷…隊長!」



「何用だ。」




恐ろしく低い声。



「あ、……の、雛森副隊長に………。」




「寄越せ。渡しておく。」


「えっ!いや、でもこれは…、その……。」




「わかった。俺が渡しておくから寄越せ。」



「ええ!」



わかってる……って、……わかってる日番谷隊長に渡せば余計にマズいんじゃ……。



逡巡する隊員から、苛立ったように物を奪う日番谷。



「じゃあな。雛森は今高熱でかなり具合が悪い。さっさと帰れ。」



これ以上、隊員の相手はしていられないとばかりに手を振る日番谷。



憐れ隊員は己の品が無事に雛森に届くことを祈るしかできずに部屋を後にした。



「ふん!」



下級隊員を追い返した日番谷は、面白くない気分そのままに襖を閉める。
先ほど受け取った預かり物は、もちろん紙袋に放り込んだ。



やっと落ち着いて雛森の看病ができる、と枕元に腰を落ち着けた時、またまた外から雛森を呼ぶ声。



ぴき……



日番谷の額に青筋が数本発生。




「なんだ!それか!?寄越せ!」



戸を開ければやはり男の隊員で、手にはラッピングされた箱。

いきなり十番隊隊長が現れ度肝を抜かれている隊員に、有無を言わせずそれを手から奪い取り、ピシャリと閉めた。




「まったく!どいつもこいつも!」



ばし!と潰さんばかりの勢いで、これも袋に投げ入れた。


その後も続く、隊員達の訪問。


日番谷は苦い顔ですべてのお返しを紙袋に詰めた。
そして襖を閉めて雛森の元へ膝をつく。



「お前なあ…。俺以外の男にばらまくなよ……。」



そっと額に被る前髪を退けてやる。

そんなことを呟いたって、二人の仲は単なる幼馴染み、日番谷には雛森の行動を制限する資格はない。
雛森にしてみればバレンタインにチョコを配るのは挨拶代わりなのだろうけど、日番谷にとってはたまらない。
そのチョコに何かしらの意味を期待してしまうのは日番谷だけではないのだから。



「今年はお前が寝込んでてよかったかもな。」



おかげで他の男からのを雛森が受け取らずに済みそうだ。


「お前は俺のだけでいいんだよ。」



いまだ熱い雛森の額に口づけて、幼馴染みの関係も今年限りにすることを密かに誓う。




そうすれば

「俺もお前もお返しはひとつで十分になるだろ?」











眠る雛森に囁いた
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