短編1
□お返しはひとつ
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雛森自室前
「雛森、いるか?入るぞ。」
日番谷は戸の前に立って声をかけたが応答はない。
眠っているのか?
熱を出して臥せっているという話しだから寝ているのだろう。大したことがなければいいのだが…。
案じながら、静かに戸を開けた。
あの大きな箱は既に手元にない。
雛森の部屋に来る途中ですべて処分してきた。当たり前の様に。
たとえバレンタインのお返しでも、雛森がそれを喜んでも自分以外の男からのものは許せない。後で雛森にギャーギャー喚かれるだろうが、ここは譲れないのだ。
いつだったか吉良に貰ったとかいって雛森が簪をつけていたことがあったけど、それを見た途端、自分でも顔が引きつるのがわかった。
人の気も知らず、雛森がニコニコと嬉しそうにしているのも気に入らなかった。
「似合わねえ。」と一言、斬って捨ててやると、やはり雛森は顔を真っ赤にして怒りだし、ひどい喧嘩になったのだ。
「……………。」
今回のお返しにも装飾品が数多くつけられているようだから、放っておけばまた雛森はありがたくそれらを身に着けるのだろう。
けれど日番谷はイベントがあるごとにあんな感情に支配されるのは嫌なのだ。
中に入れば思った通り、布団にくるまって眠る雛森がいた。
彼女を起こさないように、足音をたてずに近付けば、荒い呼吸音が聞こえる。
布団に隠れている顔を見ようと、僅かにめくったら赤い顔して眠る雛森が見えた。
そっと耳の下に掌をあてて体温を確かめる。
熱い
日番谷が思っていた以上に熱い。
「ったく。なんでこんなになるまで……。」
つい舌打ちしてしまう。
人には、しょっちゅう早めに休息だとか、予防が肝心だなどと口うるさい癖にお前はどうなんだよ、といいたい。
取りあえず日番谷は水枕と額を冷やす手拭いを用意して、雛森の頭を冷やしてやった。
「………んぅ?誰ぇ?」
頭を動かしたから起きてしまったのか、雛森が目を開けた。けれども、その目は空ろで、日番谷はそっと手をあてて瞼を閉じさせる。
「俺だ。いいから寝てろ。」
耳に馴染みのある低くて落ち着く声。
ああ、この声は……
「……日番谷君………?」
「ああ。」
「……ど…して……ここに……いる……の?」
日番谷の手をどかし、目を開ける雛森。
「今日、ホワイトデーだろ?だから、これ……。」
懐から出した小さな包みを雛森に見えるように日番谷が前へ差し出すと、雛森はゆっくりと布団から片手を延ばしてきた。
その細い手に包みを持たせてやる。
僅かに触れ合った肌が酷く熱いのがわかった。
あまり起こしていてはいけない。
まったく汗をかいていないところを見ると、まだまだ熱は上がるのだろう。
「ありがとう、日番谷君。……嬉しい。」
苦しげな息にもかかわらず、穏やかに微笑まれ、とくん、と一つ、胸が高鳴る。
とろりとした瞳が日番谷のいつものペースを簡単に乱してゆく。
馬鹿か、俺は。
相手は病人だぞ。
己を叱咤するが、熱っぽい瞳は遠慮なしに日番谷を引きつけて、自然、前のめりになり、顔を近付ける日番谷。
互いの距離が縮まる。
「日番谷君…………?」
ぬくもりを含んだ甘い匂いを吸い込んだ時、ぴた、と額に熱い掌があてられた。
「日番谷君…、あんまり近付いちゃ、駄目だよ。……風邪が移っちゃう。……熱、測ってくれるなら、おでこ同士はダメ。」
「………………。」
相変わらず空気が読めないやつ……。
いまのはどう考えてもキスだろう!?
いくら幼馴染みだからって、いい年した男と女が額と額で熱は測らねーよ!
んなことをためらいなくすんのはお前くらいなもんだ!
こほん、
気をとりなおして咳払い。
「ほら、水持ってきてやるから、それ飲んで寝ろ。」
日番谷は雛森の手から自分が渡した包みを取り、枕元に置いてやる。
それらの動きを目で追いかけていた雛森は、自分の頭の上に包みが無事に置かれたことに嬉しそうに目を細めた。
昔から、雛森の具合が悪い時は必ずそばにいてくれる日番谷。
やはり彼といる空間は落ち着く。
日番谷の声に微かに頷き雛森は瞼を閉じた。
*