短編1

□発端
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瀞霊廷にも桜が咲く季節がやってきた。





小さな桜の蕾が一つ二つと膨らみ始め、やがてそれが競い合うように花開き始めれば、ジッとしていられない人が、ここに一人。



五番隊副隊長、雛森桃は廷内でも有名な桜の名所でただひたすら上をみていた。



「…うわあっ……。きれい……。」



見上げた先には空を埋めつくすかのように咲き誇る桜達。ほんのり桃色に色ずいた小花達は個々にはとても可愛いらしいのに、大勢となると迫力ある美しさを醸し出すから不思議だ。



「来週ぐらいが見どころかなあ。お花見しなくっちゃ。」


毎年行われる花見。それは格隊ごとに開かれたり、全隊をあげてだったり、何隊か合同だったり、仲良しグループだったりと様々なのだけれど、毎年一度はいっしょに桜を見る人。それはただ一人しかいない。



いつも眉間に皺を寄せた幼馴染み。十番隊隊長、日番谷冬獅郎だ。雛森にとって大切な大切な幼馴染み。

そしてひと月前から恋人となった彼。











この数十年で日番谷の身長は伸び、雛森の頭を見下ろせる位に大きくなった。




ひと月前の夜、日番谷の部屋へ久しぶりに泊りに行ったことがきっかけだった。



























一ヵ月前

いつもするように一組の布団に枕を二つ並べ、そこへ潜りこんでピョコ、と頭だけだして、雛森は日番谷を待った。

自室に持ち帰った仕事を、夜遅くまでやる日番谷。背中に痛いほど突き刺さる視線を送り続けているのにけっして振り向かない。



「ねぇ、日番谷君。まだ寝ないの?」



雛森の方を全く見てくれない背中に向かって言って見ると、筆を走らせた手を休めもしないで返ってきた言葉。



「まだだ。先に寝てろ。」



日番谷にとっては長年片思いの相手と一つの布団に入ることなど到底できなくて、ただただ雛森が早く眠ってくれることを必死に祈っているのだが、そんなこと雛森に通じる訳がない。



「やだ。待ってる。」



「いいから早く寝ろ。」



「やだ。」



エンドレスになりそうなやり取りに日番谷の大きなため息が零れる。


「だって……。日番谷君が頑張ってるのに一人先に寝られないよ……。」


「気にするな。俺は大丈夫だから。」



「……日番谷君………。いっしょに眠りたい……よ。」




大きな瞳を潤ませて、子犬のように日番谷を見れば、眉間の皺はそのままに、瞬時に彼の顔が染めあがった。



「…ひつ………がや、君……?」



不思議に思い、彼の名前をよべば、赤くなった顔を一度逸らして、直ぐにまた元に戻った。そして雛森に身体ごと向き直り、怒ったのかと思うほど不機嫌そうにしゃべりだした。



「〜〜〜お前なあ…。いいかげんにしろよ雛森。」



「なにが?」



「いいか?この際だから教えといてやる。大人になった男女が一つの布団で寝るなんて夫婦か恋人同士しかあり得ないんだよ!したがって俺達がいっしょにその布団に入って寝ることはできない。以上!」



言いたいことをいうと日番谷はグルンと身体を回して再び机に向いてしまった。

けれど納得できない雛森は当たり前の様に食い下がる。



「ええ!そんなことないよー!」


ガバッと上半身を起こして否定すれば翡翠の瞳が冷ややかに雛森を見てくる。
でも雛森だって負けてられない。

確かに自分達は大きくなった。
彼は死神としての力は文句のつけようがないし、頭脳だって敵わない。最後の砦だった身長もぬかされてしまった。

けれど日番谷は、やっぱり雛森にとっては可愛い弟で大切な幼馴染み。そこの所だけは変わらない。



嫌だ嫌だと抗議する雛森に日番谷は取り合おうとはしない。たとえ、きゃんきゃんうるさくても、彼女を見て耳を傾けてはくれない。なだめてもすかしても、媚びても睨んでも日番谷はこっちを向いてくれない。
何をしても無反応な背中にジワリと目頭が熱くなった。

大好きな人に冷たくされるのはとても悲しい。

泣き落としなんかしたくないけれど、目から溢れ出す雫は止めようがない。




「……じゃあ日番谷君、どうすればあたしと一緒に寝てくれるの?」



震える声を絞りだせば、おどろいたように日番谷が振り返った。
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