短編1

□卒業
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卒業ーーーー


僅か十八年の人生の中でその儀式を体験するのは三回目。

回を重ねるごとにそのものが持つ意味の重さは増す。
自然、卒業によって生じる別れの内容も、過去経験した別れとは比べ物にならない位あたしにとって重要なものだった。







社会科資料室

高校三年間であたしが落ち着ける数少ない場所の一つ。
その部屋の小さな窓を開けて、冷たい空気を浴びながら、窓枠に腕を置きその上に顎をのせ外の光景を眺めていた。
眼下では涙する者、笑いあう者、たくさんの生徒達が卒業生在校生入り乱れてた。
その中にはあたしの幼馴染み、日番谷君の姿もある。後輩の女の子に囲まれて困っているのだろう。銀髪の頭が右に左に揺れている。


「寒くないかい?」

後ろから声をかけられた。優しい問いかけに振り向くと、この学校の社会科教師である藍染先生が立っていた。
あたしが社会科資料室を安らぎの場所としているのは藍染先生がいるから、というのが一番大きな理由だろう。
高校に入ったばかりの頃あたしは藍染先生に恋をした、ーーと思った。

一年間思い続け、意を決して告白したら藍染先生はニコリと笑って言ったのだ。

「間違えちゃいけないよ。」

恋と憧れは違うのだと彼は言った。
その時は藍染先生があたしを傷付けないようにやんわりと断ったのだと思った。だから泣いて泣いて、この世の終わりかという程泣いてそして気付いた。藍染先生が言った言葉の意味を。気付くには随分と時間がかかったけれど…。




「ごめんなさい!寒いですよね。すぐに閉めますから。」

「いいよ、そのままで。こんな日は少し冷たい空気の方が気持ちいいからね。」

言いながら温かいお茶を手渡してくれた。

「ありがとうございます。」

受け取った湯呑みから熱が伝わる。じんわりと染みわたってくる温かさは藍染先生ににて、止まった筈の涙がまた出そうになった。


「下に行かなくていいのかい?」

藍染先生が外にいる生徒達に目を向けて言った。騒ぎはまだ納まらない。

「彼は人気者だね。」
「はい。」


いまだ女の子に囲まれている日番谷君。彼女達にむしりとられたのだろう、既に制服にはボタンが一つもない。胸につけていた白いコサージュもなくなっていた。

二階にある、この部屋からでも日番谷君が不機嫌なのがわかる。いつもより眉間の皺が倍になってる。

「彼に、何も言わないのかい?」

「…はい。日番谷君にとってあたしはただの幼馴染みですから。…ずっと傍にいられるならこの方がいいかなって…。」


藍染先生に自分の本当の気持ちをきづかされてから先生はあたしの良き相談者だ。日番谷君に対する恋心も先生はとうに気付いてたらしい。少し自分の鈍さが恥ずかしい。




日番谷君は昔からよくモテる。女の子からの呼び出しなんて何度も目撃した。ああ、またかと思うけど、確かにあたしの胸は痛んでた。
彼の恋人になれたら…、そんなこと考えてすぐに打ち消す。だって日番谷君はあたしのことを幼馴染み以上にはみていないことを知っているから。だったらずっとこのままで。意気地なしでもいい。彼の傍にいられるなら今のままでいたいのだ。

「でしゃばらないのは君のいいところだけど、今日くらいはいいんじゃないかな。」

藍染先生がお茶をゆっくりと飲むのを見て、あたしは再び日番谷君を目に映す。

「…いいんです。最後に大好きな人を大好きな場所で大好きな先生と見る。こんな卒業式も悪くないです。」

そう言って笑った。
うまく笑えたと思う。

「…まったく。雛森君も彼に負けず劣らず不器用だ。」

藍染先生の大きな手があたしの頭の上に乗せられ、優しく撫でられた。少し重いその掌が余りにも優しくて、せっかく引っ込めた涙が溢れ出してしまった。

「雛森君は泣き虫なんだから我慢はよくないよ。」

「あ、藍染先生のせいですからね。……せっかく、……泣かずに帰れそうだったのに…。」


止まりそうにない涙を必死で拭いながら先生を睨んだら、ニッコリと笑顔が返ってきた。



「……藍染先生。時々、遊びにきても、いい…ですか?」












「ああ。いつでもおいで。」
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