短編1

□位置関係
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桃と俺は仲のいい親子だった。

もっとも並んで歩くと歳の離れた兄弟にしか見えないらしく、桃が俺のことを『お父さん』と呼ぶのを聞いた他人は一様に不思議そうな表情になる。




俺の妻、桃の母親が亡くなって八年がたった。

俺は通訳の仕事をして生計をたてている。
ガイドや時々は英語講師もしているが、今はもっぱら通訳本関係の仕事だ。
これなら家でできるので桃が学校から帰ってきた時、向かえてやれる。贅沢しなければ二人で生活するくらいの収入は得られる。


俺達が二人だけで暮らす様になって八年。
桃は高校一年生になった。









「ねー、お父さん。あたし今日文化祭に使う物を買いに行くから、ちょっと遅くなるけど。」


朝食を作りながら桃が振り返って俺に言った。
徹夜明けで寝たのが明け方だった俺はテーブルにつきポンポンと並べられていく皿やらカップやらをぼーっとみていた。


明らかに聞いていないことに気付いた桃が身体ごと向いて念をおす。


高校生になった桃はかなり可愛く成長した。
男からの手紙や電話が日に日に増えてきている。一度、本人に彼氏はいないのかと尋ねたところ「いない」と即答だった。


「だって、皆と遊んでるほうが楽しいもん。彼氏なんて作ったら束縛されそうで嫌なんだよね。だから彼氏じゃなくて友達。」

………小悪魔か。

娘に恋人ができたら、やっぱ父親としては祝福してやらねば。




「ね、わかった?」
「はあ?」


しまった。聞いてなかった。桃は俺の前にコーヒーをドン、とおくと頬を膨らませた。


「だからぁ、帰りに文化祭の買い物するから遅くなるの。わかった?」
「あ〜、わかったわかった。」


適当な返事をしながらカップに口をつける。うん、淹れたてのコーヒーは旨い。

トーストにハムエッグ、サラダという理想的な朝食を並べて桃は自分の椅子に座った。


「晩ご飯までには帰ってくるから。」
「あんま、遅くなるなよ。帰る時に電話しろよ。向かえにいってやるから。」
「いいよー。そんな子供じゃないんだから。ホントお父さんたら過保護だね。」
「過保護の何が悪い。心配してもらえることに感謝しろ。」
「はいはい。ごちそうさま。」


桃はさっさと食事を終えて、自分の食器を流しへと運ぶ。八年間殆ど毎日繰り返される朝の光景。
朝食の用意は早起きの桃が、その後片付けは自宅で仕事をしている俺の役割だ。


紺色のスクールバッグを掴むと桃は玄関へと向かう。


「じゃあ、いってきます。」


黒いローファーに踵を入れる為、爪先をコンコンさせながらでていった。


パタンと扉がしまったのを見て、俺は未だパジャマのまま頭をバリバリ掻きながら朝食の続きをとるべく足を運ぶ。
ガタンと椅子に座り新聞を広げた。読みながらパンをかじりコーヒーを口に含む。
桃がいれば絶対に出来ないことだ。
あいつは食事中に何かすることを許さない。例えば新聞を読むこと、他にはテレビを見ながらもダメ。仕事の打ち合わせも怒られたな。とにかくいっしょに食べる人間が側にいるのにそういうことをするのは相手に対してもの凄く失礼なのだそうだ。まあ何となく解らないでもない。
でも今は桃はいないし好きにできる。

九時半に出版社と打ち合わせがあるから、それまでにやりたいことや家事を済ませたい。

少し急いで行動しなければ。俺は新聞を畳み、コーヒーを飲み干して立ち上がった。









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