短編1
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「はい、これで5枚目完成。隊長、一口どうぞ、あーん。」
「……こんなキャバクラ……何プレイやろ?」
「キャバ…?何ですかそれ?また現世の食べ物ですか?」
「ちゃうちゃう。桃は一生知らんでええとこや。次は小芋が食べたい。」
「はいはい、それに判子を押してからですよ。」
俺は次の用紙にバンバンと印をついて決済済みの箱に入れた。桃は満足そうに頷くと俺の口へ小芋を運ぶ。
「もっと自由に飯食いたい…。」
「今日1日だけですから我慢してください。ほら次、来月行う九番隊との合同演習の目的と具体的内容を書いてください。」
「めんどいなぁ……。」
「総隊長に提出するものですからきちんと書いてくださいよ。」
「わかっとるわ。」
横で鰯の甘露煮を箸でつまんだ桃がいつでも俺の口に放りこめるようスタンバっとる。
仕事しながら飯を食うんはなんかよう味がせぇへん。そうか言うて下手に文句言うたら家庭教師みたいにびっちり俺に張り付いとる副官が、悪魔の笑顔で凄みよる。これが夜中まで続くかと思たら気が遠なった。
「失礼します。一番隊の伊勢です。」
「おー、入ってええで。」
「雛森副隊長、さっきの話………。」
一番隊の別嬪は戸を開けて中の光景を見るなり固まった。
まぁ…わかるけど。
隊長が副隊長に「あーん」してもらいながら仕事している隊なんか無いわな。強いてあげれば春水はん辺りが一番やりそうやけど七緒の方が拒否するやろう。
七緒は俺らを見て一瞬詰まったものの、さすがエロ総隊長の補佐だけあって立て直しが早い。
「すみません、お取り込み中のようですのでまた後ほど…。」
「え?」
「なんも取りこんでへん、気にせんと…。」
能面のような無表情を作ったかと思うたら、七緒は俺らの声なんかまったく聞かずにくるりと背を向けて後ろ手に戸を閉めて出て行った。
「……七緒さん、何だったんでしょうか?」
「おかしな方向に誤解されたと思う……まぁ後で一言言うたらええか。」
溜め息つくことばっかりやな。
俺は総隊長へ渡す書類を適当に仕上げると、最後に署名を記した。よし、漸く半分くらいは終わったやろか。
「隊長……。」
「なんやぁ?」
横で桃が静かに待機しとると思とったら、なんや妙にプルプルしとる。少し頬も紅潮して。
「桃、厠やったら我慢せんと早よ行ってこい。」
「ち、違います!これ!この蓮根の飾り切り!私こんなに精巧に包丁が入れられている料理見たことありません!」
「顔が赤なるほどのこと?」
「やっぱり隊長のお弁当となると料理人も気合いが入るんですかね、私なんか一度もこんな凝ったもの出されませんよ。はい、あーん、して。」
「どうでもええわ。」
些かテンションの上がった顔をして桃は箸で持ったそれを俺へと運んだ。
「すみません三番隊副隊長、吉良です。雛森副隊長、さっきの………え?」
赤い顔で箸を向ける桃。口を開ける俺。
あ、まずい。
そう思た次の瞬間イヅルはイケないものを見たような顔をして踵を返した。
「し、失礼しましたぁ!」
「あー!待ってぇ!これには理由が…!」
イヅルの行動は早い。
俺が立ち上がった時にはもう廊下を走る音は遠ざかっていた。
好き好んでキャバクラ行為をしているわけちゃうて言い訳もさせてもらえんかった…。
「吉良君なんだったんだろ?」
「桃、これはアカンで。妙な噂が立つ前にやめとこか。」
「何を止めるんです?」
「もうお前に食べさせてもらわんでもええ。自分で食べるしそれ寄越せ。」
「あっ、何まったりと食べようとしてるんですか。隊長は食べる間も惜しんで働いてくれなきゃ終わらないでしょうが。食事なら私が横から運びますから。」
「せやからそれが誤解を生む元やねんて。ええから箸を貸せ。」
「いやです!」
「渡せって!」
「やだ!」
「事態がややこしなる前にやめんと…」
「十番隊日番谷だ、入るぞ雛森。さっき……………………………………。」
一番アカンやつ来たー!
「あ、あの、ちゃうねん!これは別に桃を侍らせとるんやのうて、ちょっと!聞こえとる!?」
「隊長、ほらもう、このウサギ林檎で終わりですよ。」
やめてぇ!お約束すぎる!!
顔に陰が差した冬獅郎が静かに解号を唱える。それは処刑の宣告に聞こえた。
「霜天に座せ……」
きゃあーーーーーーーー!
「平子…隊長?」
「ふんっ!雛森、大丈夫か!?」
「え?あたしは大丈夫だけど…日番谷くん…なんで…。」
「まったく…油断も隙もない野郎だ。」
吐き捨てるような冬獅郎の声が遠くに聞こえた。