短編1
□放熱
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放熱
*日雛パロ
遊園地に行きたいという彼女の希望は変更を余儀なくされた。
少々の小雨なら、元気な彼女は行き先の変更なんて考えないだろうが、さすがにこの悪天候じゃあ無理だった。
車のフロントガラスを激しく叩く大雨は、まるで俺と彼女をこの車に閉じ込めるつもりかと思えるくらい凄まじい。
「すごい雨だね。」
「風もきつい。車が揺れてるぞ。」
「え?そう?」
「わかんねぇか?さっきから揺れてるだろ。」
「……わかんなかった…。」
「お前が落ち着きなくごそごそしてるからだ。」
「あ、そういうこと言う。じゃあ日番谷君にはお菓子あげない。」
機嫌を損ねた彼女はポップコーンの袋を開け、自分の口へ一個放り込んだ。
外は大荒れの空模様、けど俺と桃がいる車内は快適空間だ。
この間買ったばかりのCDをかけ、惚れた女を隣りに乗せる。見慣れた街の風景が遠ざかり、見たことのない街並みを桃と進む。
初めての二人旅に俺ははっきり浮かれている。せっかくの旅行が嵐になったって楽しくて仕方ない。今日も明日もずっと桃を独り占めだと思ったら顔がにやけてどうしようもなくなる。
ちら、と横に座る桃を見れば俺の動きに気づいた彼女がにっこり微笑んだ。
まだキス止まりな俺達がもっと仲良くなれる旅にしたい。俺がどんなに桃のことを好きか分からせたい。
「日番谷君も食べたい?謝ったらあげてもいいよ。」
大きなポップコーンの袋を抱えて桃がいたずら少女の顔をした。
ここは大人な態度で謝るべきか、それともいたずら少女には悪ガキ風に対抗するべきか、桃の反応が面白そうな方を選びたい。
ハンドルを握って思案してたらツン、とポップコーンで唇をつつかれた。少し口を開けたらそのままポップコーンは強引に押し込まれる。俺はむぐむぐ食べながら助手席の桃をちらりと見た。
「嘘だよ。日番谷君は運転中だからあたしが食べさせてあげる。」
助手席からにこにこ笑い、二個目を持って桃が待ち構えてた。俺がゴクンと飲み込んだのを見ると、すぐ手を伸ばして次を食べさせてくれようとする。
つんつん、と唇を刺激され、小さなポップコーンを啄むように俺が食べると桃が指を離す。親鳥に餌をもらう雛のように小石ほどの小さな菓子を指と口でやり取りすれば、当然いつか両者はぶつかって。
唇にひんやりとした桃の指先が触れる。彼女の指も俺の唇を感じているはず。
熱く火照った俺の熱が唇から指先へ流れているはずなのに、桃は気にしているのかいないのか。楽しそうに笑うその顔からは伺い知れない。俺の心臓はこんなにも早く動いているというのに。狭い車内の酸素を俺が使っちまっていいのかよ。まだ旅は始まったばかりだというのに俺は熱くて汗をかきそうだ。
本日初めて彼女に触れるのが唇でだなんて、だからこんなにも内側に熱が溜まるんだ。少しは吐き出さないと沸騰しちまう。
「はい、どうぞ…っふわ!?」
「うまい。」
俺は桃の手を掴んで指先ごと口にいれた。
真っ赤になった桃が慌てて手を引っ込めて、上目遣いで睨んでる。少し尖った口も大きな瞳も可愛くて、俺の温度は余計に上がる一方だ。少しばかり欲求を解放するつもりがこんなの困る、困るけれど彼女が受け止めてくれるなら。
俺がどんな風に桃を好きか教えたい。骨の髄まで愛し合いたいことを伝えたい。丸ごと全てが欲しいと言ってしまいたいんだ。
「もう…、慌てなくてもちゃんとあげるから…。」
そう言って桃はまたガサガサと袋の中へ手をいれた。はい、と次のポップコーンを摘んで微笑む顔はまだ赤い。
こいつは学習能力がないのか?それとももう俺にいたずらされないと思ってる?それか実はもう一度指先を食べられたい?
渋滞なのをいいことに、俺はサイドブレーキをかけ横を向く。近づく菓子ではなく桃の瞳を逸らさず見つめ、口を開けた。今度は用心深く、ポイッと放り込まれたポップコーンをもぐもぐして今の彼女の言葉を頭の中で咀嚼した。
分かってる、慌てたりしないさ。
その代わり、今のセリフ、しっかり覚えとけ。
彼女が受け止めてくれるなら、その瞬間を待って解放しよう。