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□530000h感謝小話「拝啓ヘレン・ケラー様」
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拝啓 ヘレン・ケラー様







*学パロ日雛







彼女が優しいのは知っているんだ。でもそれだけ。それ以上は知らない。何も知らない。





ガキの頃、何もない所でスッ転んだ俺に駆け寄って声をかけてくれたのは雛森、隣の町内に住む同級生だ。焼けついたアスファルトで膝小僧を擦りむいた俺は見る見る血が滲んでくる自分の膝を見て慄いていた。俺にもか弱い時代はあったのだ。彼女は痛みとショックで踞ってしまった俺の手を引いて公園の水道で傷口を洗いハンカチを充ててくれた。白地に苺の刺繍がしてある可愛いハンカチ。あれは確か小学校にあがったばかりの頃だったと思う。きっと一言二言くらいはかわしたんだろうが何を喋ったかは忘れちまった。でも彼女と話をしたのは後にも先にもそれだけだ。
小学中学高校と、雛森とはずっと同じ学校だったけれど同じというだけでやっぱり俺達の間に接点は無く、御互い顔と名前が一致している程度の関係だ。共通の友達を真ん中に会話してても二人で直接話すことはない。雛森はただ微笑みながら俺達の会話を聞いているだけだし俺もまた然り。知り合いとも呼べない、ただ顔を知っているだけの御近所さん。たまに目が合うと薄く微笑んでくれる。それだけだ。
ずっと物静かで大人しいと思っていた彼女の意外な1面を見たのは高校に入ってからだった。同じクラスの友達四人と楽しそうに笑う彼女を見かけた。おどける赤髪の男と小柄な女、それと金髪の男。たまに見かける四人組は本当に楽しそうで、あの雛森が声高らかに笑っているのがとても珍しかった。軽い驚きだった。俺に見せる余所行きの顔ではなく、年頃の少女らしい弾ける笑顔は新鮮で眩しくて。彼女はこんな声なんだと目の前で何かが弾けた。
奇跡の人が初めて水を知った話は有名だ。後の人生をガラリと変える出来事は正に衝撃。とても身近でありながら未知だった物を理解した感動は闇から光の下に躍り出るほどの激変だっただろう。それと似ている。
そうか、あれが彼女なんだ。


ポケットの中の手が拳に変わる。
頬がひきつる。
笑う雛森と、彼女を笑顔にさせる3人を睨み付けた。今すぐあの輪に入って滅茶苦茶に壊したい。
この、腹に溜まる重いものはなんだろう。
たまに目が合えば微笑んでくれる、それだけで良かったのにこの飢えた気持ちが分からない。
奇跡の人とはまるで逆だ。心の中に生まれた一点の闇が瞬く間に拡がっていく。見つけた光が俺以外に振り撒かれていたものだった、そんな事実知りたくなかった。


あの日、膝に充ててくれたハンカチはまだ俺の引き出しに眠っているよ。
今、君に見せたらなんていうかな?













*見つめるだけの日→雛
ここから猛攻に出ればいいヨ!






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