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□20201217day「鬼芥子」
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時の流れは早い。瀞霊廷と潤林安を往復する生活が当たり前となってから久しい。休みの日はほぼすべて婆ちゃんと雪が暮らすあの家へ帰り、仲間達と過ごすのは勤務日のみ。周りの連中から付き合いが悪くなったと言われていたのも今は昔、瀞霊廷内に俺の姿が無いときは流魂街だと最早常識のように言われている。緊急時には連絡がつくようにしてあるし何かあれば直ぐ様飛んで帰ってるんだから休日に俺がどこで何をしてようが文句は言わせない。死神よりも何よりも俺にはやりたいことがある。
雪を、雛森の子を護るのだ。今度は途中で放棄したりしない。
俺の潤林安通いは途切れることなく訥々と続き更に四年の月日が過ぎた。
雪はますます母親に瓜二つとなった。






「は?なんだって?」
「だからぁ、死神ってどうすればなれるの?」

仕事を終えた足で流魂街へ来、一夜明けて畑での野良仕事を済ませた後の昼飯時。雪からの突拍子もない問いかけに俺は片眉を上げた。

「もしかして今死神って言ったか?」
「もしかしなくても言ったよ。ねぇ、おじさんはどうやって死神になったの?教えてよ。」

無邪気に訊いてくる雪に渋い顔にならざるを得ない。そんな小魚の捕り方を訊くように尋ねられちゃ隊の長として死神の認識を正さなくてはならない。第一俺はこいつを死神なんかにしたくないのだ。卓の上にぱちんと箸を置くと俺は雪の目を見つめた。

「なぜ急に死神が出てきた?」
「あ、う………。」
「今の今までお前の口から死神なんて言葉聞いたことがないぞ。急に興味が沸いたとは思えん。どうしたんだ?」
「あー、えっと………。」
「そうだよ雪、婆ちゃんも初耳だ。」
「誰かに何か言われたか?」

例えば雛森を知る誰かに。顔には出さずに用心深く探る。世間知らずの小娘をたぶらかすなんて悪党には容易いことだ。年頃の娘を騙して拐っていくやつは昔から後を断たない。まるで蛆虫のように涌いてきやがる。もしろ碌でもない輩が雪にすり寄ってきているなら早めに叩いておかなければ。俺は目に力をこめた。
俺と婆ちゃんの空気ががらりと変わったことにいち早く気づいた雪はわたわたと手を振って、

「ち、ちょっと訊いてみただけだよ、そんなに恐い顔しないで、ね?」
「つい最近まで死神に興味を示さなかったやつがんなこと言い出したら普通おかしいと思うだろ。いったい何があった?」
「……別に…………なにも………。」
「雪。」

視線を合わさない雪に強く名前を呼ぶと困ったように口をつぐみ、やがて観念したのか口を開く。

「…………………………信ちゃんが死神になるって………。」
「信………?」

雪と仲のいい友達だ。同じ霊圧持ちで昔から雪は何かといえば信といっしょに歩いていた。けれどいくら仲がいいからってあいつはあいつ、雪は雪だ。野遊びに誘うのとは訳が違う。俺はざわつく気持ちを隠し、言葉の先に耳を傾けた。雪の口がもどかしく動く。

「いっしょに死神になろう、って言われて………。」


雪の頬が仄かに色づく。雛森そっくりの顔が恥ずかしげに花を芽吹かせる。
ああ、そういうことか、と俺は合点がいった。
ぎり、と奥歯を噛み締める。この面白くない気持ちはなんなんだ。俺はずっとこいつの親代わりで、亡くなった雛森に代わりこいつを護ろうと思っていた。

「だからその気になったのか?遊び気分ならやめとけ。」
「そんなんじゃないよ!信ちゃんはきちんと将来を考えて言ってるんだよ!自分の霊圧が誰かを救うならって、」
「だったら自分ひとりで行けばいいだろ。なぜお前を誘う?一人じゃ恐くて狼のいる洞窟に入れないからだろ。とんだ腰抜けだな。」
「信ちゃんはそんな人じゃない!」
「ちっ、ろくでもない男にたぶらかされやがって……。」
「やめてよ!そんな風に言わないで!信ちゃんは真面目に考えてるんだよ!」
「信ちゃん信ちゃんうるせえ。結局お前はそいつといっしょにいたいだけだろ。死神関係ねぇじゃねぇか。一人で行動できねぇそいつも甘々だな。仮に霊術院に入れても実習でやられるクチだぜ。」
「おじさん、酷い……!」
「酷い?物見遊山で死神になるって言ってるから教えてやってるんだ。常に死と隣り合わせだということがわかってねぇ。そんなやつぁ死神になる以前の問題だ。」

死神を志す理由は様々だ。雛森みたいに人々を救いたいと思うやつもいるが流魂街からの出身者は殆ど貧困からの脱出だ。振り分けられた居住先の環境が悪いと毎日食う物にさえことかく始末。もちろんそこから這い上がるのは相当な努力が必要だがもって生まれた才能、つまり霊圧の大きさによる所が大きい。信という少年はよく知らないが顔はわかる。纏う雰囲気も知っている。物静かで物腰も柔らかい少年だ。一時的な思いつきで言ったのではないのだろうが雪に声をかけたのはいただけない。

「信ちゃんは将来を真剣に考えてるの!」

俺に向かって叫ぶ雪の目が真っ直ぐすぎて舌打ちが出る。
この、やつを信じきった目には見覚えがある。
他人を欠片も疑うことなく擁護する危うさに俺は苦虫を噛み潰した。まるで崇拝だ。
俺はこいつには平和にこの世での生を終えてほしい。ゆっくりと輪廻の波に包まれるように最期を迎えてほしいんだ。なのに死神だって?あんな危険な仕事、論外だ。死神にさえならなければ雛森はずっと心に傷を湛えることもなかった。俺達の関係も傷の舐め合いと言わずに済んだかもしれない。
あの男に出会わなければ……!
藍染を慕う昔の雛森が鮮やかに蘇る。

「死神は命懸けの仕事だぞ!そいつは一人じゃ恐いからお前を誘ってるだけだ、冷静になれ雪。」
「十分冷静に考えたから訊いてるんじゃない!信ちゃんとも沢山話したよ!」
「ただの逢い引きだろうが。」

思わず言ってしまい、しまった、と口を閉じた。幼い頃から手を繋いで遊んでいた雪と信。成長してもその姿は変わらないが手を繋ぐ意味合いは大きく変わった。その変化に気づかないわけがない。
俺と雛森がそうだったんだ。
雪は俺の言葉に見る見る顔を赤くして箸と茶碗を机に叩きつけた。

「おじさんの馬鹿!!」


叫ぶなり泣きそうな顔で立ち上がり、草履をつっかけ外へと走っていく。

「雪!冬獅郎、」
「…………わかってるよ婆ちゃん。」


婆ちゃんがおろおろと雪が走り去った戸口と俺とを交互に見る。俺ははぁ、と溜め息をつくと雪を追うため立ち上がった。あいつの居場所なら簡単に探れる。まだ霊圧の調整もできない小娘など赤い旗を掲げて歩いているようなもんだ。外へ出た俺は少しばかり感覚を研ぎ澄ませ雪の霊圧を探り、だいたいの見当をつける。しかし雪の霊圧のそばに近づく火中のそれの気配も同時に感じ、俺の中の何かが燃え出した。


「信………。」


俺は流魂街の冷たい大地を忌々しく踏み込んだ。





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