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□20201217day「鬼芥子」
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「婆ちゃん、雪、いるか?」


非番の度に2人の元へ足繁く通う。表向きは婆ちゃんの負担を軽くするため。その実は雛森の子が気になるから。
勝手に別れを告げて勝手に他の男と結婚した女の子供など面倒を見る義理はないが彼女によく似た面影を見つけてしまうと自然に俺の足は潤林安に向かった。子供の成長は早く、出会った頃は赤ん坊の名残を残していた雪だが1年も経たぬ内に随分しっかりした。



「冬獅郎、来てくれたのかい。良かった。」
「どうかしたのか?雪は?」

出てきたのは婆ちゃんだけ、いつも転がってくる笑顔が見えない。俺は婆ちゃんに手土産代わりの飴玉を渡しながら家の中を見回した。裏庭で遊んでる様子もない。そんな俺に婆ちゃんが物思わしげに言う。


「夕べから熱を出して奥の部屋で寝てるんだよ。」
「なんだって!?」

雪が熱?あんな小さな身体で苦しんでるっていうのか?
俺は草履を脱ぐと急いで奥の部屋を目指した。いつも寝ている寝室の戸を開けると部屋の真ん中に小さな山がひとつ。枕元にそろりと近づいて顔を覗くと赤い顔をして虚ろに雪が目を開けた。

「おじちゃ……。」
「雪………苦しいか……?」

額に乗せられた手拭いを取り、掌を当てる。見た目通りの熱さに顔をしかめた。
熱いな……。
それに息が苦しそうだ。俺はそばにある桶で手拭いを冷やすと元のように雪の額に乗せ、それから部屋を見回した。火鉢に鉄瓶がかけられ部屋の中は暖かい。布団の中に手をやると足元には湯タンポもしてあった。あとは、

「ちょうど良かったよ冬獅郎、粥を作ってくるから少し雪を見てやっててくれるかい?」
「ああ、それより医者には診せたのか?」
「今朝ここまで来てもらったよ、どうやら今年の風邪はたちが悪いらしくてね。あちこちで寝込む患者がいるんだと。」
「…………薬は?」
「貰ったよ。粥を食べたら飲ませてやろうと思ってねぇ。」

少し目をずらせば水桶の影に小さな紙袋が置いてあった。俺はそれをどうせ貧乏人相手のやぶ医者だろと決めつけて立ち上がる。

「雪を瀞霊廷に連れていく。」
「えっ、どうしたんだいいきなり、」
「こんなに高い熱を出してるんだ、いい医者に診てもらったほうがいい。瀞霊廷にはいい医者もよく効く薬もある。」
「ええ、ちょっと冬獅郎、」
「雪、少し我慢しろよ、いい先生の所へ連れていってやる。」
「せんせえ……?」
「ああ、少し遠いが辛抱してくれ。」

何か防寒着をと俺は自分の上着を脱いだ。これでくるんで瞬歩で行けば瀞霊廷は直ぐだ。

「おうち、出るの?」
「ああ、でもすぐ着く、」
「………………だ……。」
「え?」
「やだ……行きたくない。」

譫言のような声に耳を傾けながら背中に手を入れる。

「さ、行こう。」
「やっ、」
「ちゃんと診てもらえば直ぐ良くなるから。」
「やだ!」

逆上せた顔をして臥せる雪を抱き起こそうとした俺の手を、それまでおとなしく寝ていた雪が跳ね退けた。突然目が覚めたかのように目を見開き俺を避ける。

「雪、」
「いや!いかない!雪お外は行きたくない!うちがいい!!」
「医者に診てもらうだけだって、」
「やだやだ!どこにもいかない!いやだぁ!」

大声で叫ぶと喉を詰めたのか雪は激しく咳き込んだ。赤い顔が余計に赤くなる。

「雪!」
「うわああああん!!」
「直ぐに帰るから、その方が早く良くなるんだよ。」
「やだぁぁぁ!お婆ちゃんとここにいる!っげほげほ!!」

ボロボロと涙を流し、全身で嫌がる雪は這うようにして俺の胸を押し婆ちゃんへと手を伸ばす。狭い部屋中に雪の泣き声が響き渡り、見かねた婆ちゃんが雪を抱き上げ小さな背を撫でながら俺を諌めた。

「冬獅郎、せっかくおとなしく寝てたんだからもうここでゆっくり休ませてやろうよ。」
「でも、」
「お前も桃もこれくらいの熱は出したもんさ。瀞霊廷の御医者様は名医かもしれないけど地区の医者だって捨てたもんじゃないよ。何かあれば直ぐに来てくれるって言ってたしね。」
「けど酷くなったら、」
「婆ちゃんがずっと見ててやるから安心おし。大丈夫だから、ね?」
「…………。」

婆ちゃんの懐でえぐえぐと泣きじゃくる雪はもう無理矢理どうこうできる状態じゃなかった。俺は引き下がるしかない。

「雪………。」
「うぇ……ぇっく、おじちゃん、嫌い……お母さんがいい……。」
「っ、」
「お母さんがいい………。」

最近ではあまり母親のことは言わなかったのに、突然飛び出た言葉に俺は動けなくなった。

「雪……
「う……うぇぇぇぇん!!!お母さんがいい!」
「よしよし、婆ちゃんがいるよ雪、そんなに泣いちゃまた熱が上がっちまう、いい子だから寝ておくれ。」
「うわああああん!!」

再び泣き叫ぶ子供に俺は為すすべもなくおろおろとするだけ。今まで母親のことは滅多と口にせず忘れたかと思っていたのにこんな時に飛び出した。人は弱った時、本当にすがりたい者が現れるのだろうか。部屋中に割れそうなくらいの泣き声が満たされる中、俺は婆ちゃんに宥められる雪を見つめるしかできなかった。
やがて婆ちゃんが子守唄を口ずさむ。幼い頃よく聴いた歌だ。俺は掌を握りこむ。唇を噛む。思い通りにならない歯痒さが自分を不必要な人間だと思わせる。子供の成長は早いなんて大人の勝手な思いこみだ。婆ちゃんにあやされる雪はまだ拙かった頃に逆戻りしたかのように小さい。


「うっ………えぅ………。」
「よしよし、雪はいい子だ。ゆっくりおやすみ。」

婆ちゃんに抱かれて雪はしゃくりあげながら落ちていく。もともと熱で弱ってたからか雪の寝つきは早く、俺のしたことは病人に負担をかけただけだった。



「………こんなに嫌がるなんてな……。」
「この子はここしか知らないからねぇ。」
「ごめんな、雪………。」

婆ちゃんが布団へと小さな身体を寝かせる。泣きすぎて赤くなった頬が痛々しくて俺はそっと指の背で頬を撫でた。


「気にするこたぁないよ、夜泣きみたいなもんさ。少し前までよく夜中に火がついたように泣いてたよ。」
「そう、なんだ……。」

まったく関係ない場面だというのに最後に見た雛森の白い肌が脳裏を掠める。身体の関係に決別を告げられて俺は彼女を護るのを辞めた。もう護ってくれなくてもいいと同義だと思ったんだ。
どうして辞めたんだろう。想いが通じ合わなくとも彼女は大切な人であることに変わりはないのに。
俺はこの子を護ってもいいんだろうか。彼女を最期まで護れなかった罪滅ぼしをさせてほしい。
それが自己満足だと言われようとも。






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