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□510000h感謝小話「スピーチ」
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スピーチ




*現パロ


桃が結婚する。同期の吉良というやつと。
水面下で繰り広げられていた桃を巡る恋愛バトルに俺は敗北したのだ。幼なじみは死ぬまで幼なじみという烙印を捺され俺は今日、友人代表というありがたくもない大役を担ってマイクを握る。こんなの拷問だろ。崩れ落ちて泣きたいくらいなのに上辺は取り繕わなきゃならないなんてとんだ精神的処刑だ。正面の雛壇には憎きライバルと有り得ないくらい綺麗な彼女。その二人を見据えて俺は大きく息を吸い込んだ。


「吉良さん桃さん、この度は御結婚おめでとうございます。友人代表として何か喋れと言われたので仕方なく話します。」


この出だしに客席からヤジが飛び、正面の桃が苦笑混じりの睨みをくれた。


「友人と言っても僕と桃さんは限りなく家族に近い友人です。なんせ物心ついた時には横を向けば常に彼女の顔があったのですからほぼ肉親です。
家が隣でしょっちゅう行き来していたせいか幼い僕は結構長い間、彼女は僕の家族だと思ってました。目覚めてから眠るまでずっと同じ空間にいれば幼児ならそう認識しても仕方ありませんよね。幼稚園に上がるようになり、僕はやっと桃さんは余所の家の子供だと理解しました。それくらい僕と桃さんは近くで育ちました。」


彼女が雛壇で深く頷く。最前のテーブルに座る桃の上司らしき男がへぇーと感心したように頷いた。


「しっかり者の彼女は僕の姉のようで、初めてのおつかいに二人で行った時も姉貴風を吹かせて桃さんは僕に財布を持たせてくれませんでした。同い年なのに「シロちゃんは小さいから」と言って手も繋いでくれました。でも繋ぐのはいいけれど彼女は非常によく転ぶ子供で、桃さんが転んだ時は必ず僕も共に転ぶ運命です。絶対に手を離してくれないのですからいい迷惑です。人生で僕が一番最初に覚えた四字熟語は一連托生だったと思います。おまけに桃さんは転んだ拍子に財布を落とすという鉄板も欠かさず、二人して大泣きした記憶があります。桃さんはいつも何かしら事を起こし僕をはらはらさせてくれました。今の僕が慎重派で何事も念入りに計画と準備を怠らない人間になったのは彼女のおかげだと思っています。桃さんありがとう。」


ざわめきのような笑いが起きる。桃が掌で顔を覆って俯くのが見えたが俺のスピーチはまだ続く。


「桃さんは僕が知る女性の中ではおそらく一番面倒臭い女でしょう。ほやほや笑って人畜無害な顔をしていますが人に迷惑をかけることに関しては天下一品です。覚えていますか?高校の文化祭でアーチ作りの担当をした時のことを。何日もかけて製作したアーチを完成間近になった頃にやっぱり納得いかないと最初からやり直しましたよね?それまでの労力はなんだったんだとかなりのブーイングを受けたのにも関わらずあなたは結局押しきって鬼監督よろしく1日で仕上げさせました。」
「それ今言うのぉ………?」


指の間から弱った瞳が此方を覗くが気にしない。これくらいの暴露で心が痛んでたまるか。
高校生だった桃の姿は今でも鮮やかに思い出せる。バイタリティーに溢れ新しい出会いに煌めいていた。とっくに恋心を自覚していた俺は彼女と同じ時間を共有できるだけで胸が踊った。告白なんて恐くてできない、かと言って誰かに渡す気もない。ただひたすら脆弱な勇気を掌で転がしていただけの俺は、自分の世界を広げていく桃に必死で食らいついていた。


「後で肉まん奢るからと安い餌をちらつかせながらそれでも僕らの尻を容赦なく叩く姿はまさしく飴と鞭、彼女は人を使うことにも非常に長けた人です。彼女の人心掌握の術は家庭でもいかんなく発揮されることでしょう。吉良さんくれぐれもお気をつけください。」


正面の男雛と女雛が目配せをしあう。昔の黒歴史をバラされて赤い顔の桃が旦那に向かってしきりと首を振っている。
桃の失敗談やハプニングなんか山ほどあるんだ。毎日何かしらやらかす彼女は武勇伝に事欠かない。
桃が巻き起こすはらはらドキドキの連続は一緒にいれば何か楽しいことがあるんじゃないかと期待させられた。俺一人だと驚くほど色のない毎日なのに桃が加わると途端にカラフルになって時計の針も振り切れる。少しくらいの嫌な事も、俯いてる暇があったら走れと言わんばかりに動かされた。
桃は俺の力の源だった。
俺は息を深く吸い、マイクを持ち代えた。


「強引で猪突猛進で元気だけが取り柄みたいな桃さんですが、僕はそんな桃さんにたくさん助けられました。今でこそ僕は誰とでもそつのない態度を取れて、それは当たり障りのない対応だとかコミュニケーション能力が高いだとか言われるけれど昔は人と話すのが苦手、というか人と接するのが恐い時期がありました。今思えば、まぁ、引きこもりに近かったと思います。親の言うことも聞かず友達もいなかった僕は外に出る理由がありませんでしたから。学校も面白くなく行きたい所もやりたいこともなかった僕は毎日を無駄に過ごしてて。でも桃さんはそんな僕の所によく来てくれ、部屋の窓を開け放ちました。部屋の空気を入れ換えようと言って勝手に掃除をしたり観葉植物を置いたり、幼い頃と変わらず実の姉そのものでした。」


中学に上がった頃の話だ。
やりたいことがあるから手伝ってよと言って連れ出された。一人じゃとてもこなせない量の雑用を押しつけられて毎日それに明け暮れた。やがて俺の仕事を手伝ってくれるやつが知らないうちに一人二人増えてきて、いつの間にか俺と桃と仲間達、なんて風景ができていた。
それが彼女の計算なのか自然の流れだったのか今ではどっちでもいいけれど桃は俺がドアを閉めても閉めても開けていく。鍵を掛けても解錠する。






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