ss4

□500000h感謝小話「おかえりティンカーベル」
1ページ/1ページ







*たぶん大学生な日雛





コンビニ袋が重い。弁当一個と缶ビールしか入ってないのに指が千切れそうだ。だるい、疲れた、しんどい。歩くのが億劫で息をするのも面倒だ。




バイト帰りの疲れた身体を引きずりながら俺は冷たい風に首を竦めた。ポケットに手を突っこむと時計代わりのスマホにぶち当たる。そういえば今日は朝、アラームを止めたきり画面をみてないことに気づく。しかし掌サイズのそれを握ってはみたけれど開く気にはなれなかった。スマホを開いたってどうせ鬱々した政治ニュースやくだらないハロウィンのどんちゃん騒ぎが流れてくるだけだ。俺を浮き立たせるものなど何もない。俺はさ迷う死人のように道をゆく。
アパートまでの帰路、ハロウィンの仮装をした子供達とすれ違った。脇をすり抜けていく賑やかな集団に視線をずらすとジャックオランタンや魔女、マミーにドラキュラ、メイクもしっかりキマってて大人顔負けのコスプレに目が引き寄せられた。そういや小さい頃、俺も英語塾のメンバーと回ったな。親が買ってきたドラキュラのマントを付けてカボチャの鞄に戦利品の御菓子を沢山詰めこんだ。幼馴染みの桃はティンカーベルの扮装で、そうだ、雨上がりの夜道であいつは転んだんだ。膝小僧を怪我したのと衣装を台無しにしたのとで機嫌は急降下、泥まみれのティンカーベルなんて嫌だと泣いてたっけ。懐かしい。
幼馴染みの桃と俺はいつもいっしょで二人でいると無敵に感じた。ずっとずっと離れずに生きていくと思っていたのに、俺は自ら桃との糸を断ち切った。
1年前の今頃、俺は桃を得たくて、誰にも渡したくなくて、泣き叫ぶ彼女を無理矢理、



アパートの外灯が見えてきた。俺はポケットの中で鍵を探る。トリックオアトリート、とさっきの子供達の声を背中で聞きながら硬く冷たい鉄のドアを目指した。楽しさも華やかさも何もない。優しい幼馴染みを裏切った代償は無限に続く孤独な時間と死にたいくらいの苦しみだ。酷いことをしたと思ってる。とても償いきれるもんじゃない。でも、それでも、俺はあいつに触れたかった。
カチンと鍵を差し込んで無気力に回した。その時背後で音がした。

「トリックオアトリート、シロちゃん」

真後ろから聞こえた声。子供達の声じゃない。俺は固まったまま目を見開いた。
この声は、この声は、
鉄のドアから視界が動かせない。現実が幻覚であるのが恐くて振り向けない。俺をシロと呼ぶのは世界中でたった一人。

「こっち向いてくれないの?いたずらしちゃうよ?」
「も………も………」
「…………………ふふ……久しぶり」

暗い通路にくしゃくしゃ顔の桃がいた。
「何泣いてるの」と母親みたいな口調で近づいてくる。馬鹿やろう、お前の方がよっぽどひどい顔だろが。
「やっぱりシロちゃんはあたしがいないとダメなんだから」大きな瞳からぽろぽろ零れる。
ああ、悔しいけれどそれは否定できないな。
桃の手が頬に伸びた。



ハッピーハロウィン。
あの日のティンカーベルがやって来た。





[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ