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□490000h感謝小話「いつか伝染すればいい」
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いっそのこと悪女になればいいのに。そう思わずにはいられない。ばか正直にほんとのことしか言わないのは正義であっても優しさではない。物事が巧くいくよう適当に嘘を混ぜて丸く収めるという術も必要だ。特にこの女は。


「……はふ、」
「疲れてんのか?」
「あ、えへへ、ちょっとね」

五番隊でも十番隊でもない、食堂の隅っこで俺と雛森は久しぶりに顔を合わせた。昼飯時をとうに終え、夕暮れの陽射しが射し込む食堂は俺達以外誰もいない。きっと終業前でどこもばたばたと忙しいんだろう。なのにこんなところで俺達は油をうっている。
元気のない五番隊副隊長と無愛想な十番隊隊長と。多少様子がおかしかろうが俺達が幼馴染みだということは有名で、こうやって差し向かいでお茶を飲んでても誰も気にする者はいない。たまたま見かけたこいつが浮かぬ顔をしていたから声をかけたがいくら長いつきあいだからって簡単に憂いの原因までもは聞き出せない。でも大凡の検討はついている。
少し前、こいつは部下に告白をされたらしい。新人の隊員で仕事熱心な男だったという。雛森も可愛がってて稽古をつけてやったりしていた奴だと松本は言っていた。そいつが雛森に告白してフラれた。その直後に移動願いが出されたのだ。理由はうまくつけられていたようだが本当の理由は明らかだろう。将来が期待できる新人だっただけに上位席巻達の落胆は大きく雛森は部下を一人無くした責任を感じている。よくあることと言えばよくあること。そんなことで逃げる奴なんかいらねーだろ。けれど雛森は一々落ちこむのだ。傷つけてしまったとかもっとうまく気持ちを伝えられたらとか、どうせそんなとこだろう。しまいには巡りめぐって自己嫌悪に陥るんだ。この世が男女でできてる限りこんないざこざは年中あるさ。邪険に扱えとは言わないが気にするなと伝えたい。
俺は黒みを増す窓の外を眺めながら茶を飲んだ。

「たまにはサボるのも悪くねぇな」
「隊長さんがそれ言っちゃ問題発言だよ」
「仕事の効率を上げる為には休憩も必要なんだよ」
「言い方代えただけじゃない」

仄かに笑顔が戻る。味気ない食堂に小さな灯りがついた。俺は静かに息を吐く。
人のことは言えないが、こいつも大概不器用だ。
もう少し巧く立ち回れよと言いたいがこいつにそんな芸当ができるわけもない。特に人間相手じゃな。でも相手を傷つけぬよう言葉を選んだって結局言ってる中身は変わらないんだから時にはこてんぱんに打ちのめしてやったっていいと思う。今それを言ったら泣くんだろうな。俺はまた別の息を吐いた。
人間関係がうまくいかないのは世の常だ。どこかで割りきれと言っても雛森には無理だろう。なぜなら彼女は俺と違って人が好きで関わるのも好きだから。まったく、自分から気苦労をかき集める性格はどうにかしてほしい。その度にこっちがはらはらしちまって胃が痛む。
悔しいことに俺は彼女が笑ってないと落ち着かないのだ。元気のない雛森を見るとそわそわする。彼女を慰めるふりをして、全部全部、自分のためにやっている。俺の胃に穴を開けないために笑ってほしい。これ重要。

「日番谷君と話してたら元気でた」
「そうか?」
「うん、ありがとう」

こくんとお茶を飲み干して雛森は席を立った。また話そうねと手を振った最後の顔は笑ってて、気づけば俺の口許も弛んでた。

昔ほど感情を露にすることが無くなった俺達は気持ちを伝える言葉も減ってしまった。でも解るんだ。伝染するんだ。
善良なだけの幼馴染みを持つと苦労する。つまるところこっちまで御人好しになっちまう。ただ側にいるだけで慰めになるのならいくらでも隣にいよう、なんて、俺らしくない。俺らしくないことをやっちまう。
こんな気持ちもいつか伝染すればいい。





*言葉はなくとも感じあう日雛ってよいな

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