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□480000h感謝小話「すべては彼の思惑通り」
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貴女の幼馴染みに生まれたかった。


彼は寂しげに笑って背を向けた。戸惑うあたしを振り返りもせず、去っていく足取りに別れの意思表示を乗せた。遅い木枯らしが吹いた日だった。冷たい風が早く追いかけろとあたしの背中を押してくれたけどとうとう足は一歩も出ず。11月も半ばのことだ。部下の彼とはそれきり話すことはなくなった。
他隊から入ってきた新人はあたしより少し年上の温和な人だった。趣味の読書で気があってよく話すようになった。お薦めの本を貸し借りしたり書庫で会えば隣に座ったり。やがて外で出会うようになって、上司と部下というラインがあやふやになりそうな予感がしていた頃に突然彼から告げられた。あまりにも一方的に別れを告げられあたしの頭には幾つものはてなマーク。そもそも付き合ってもいないしただの上司部下なんだから別れもへったくれもないのだけれど御互いなんとなくいい感じになる時もあったからやっぱり別れるということなんだろうか。あたしはフラれたということ?告白する前にフラれるなんてことある?ショックすぎて逆に冷静になったりして。
いったいあたしの何がいけなかったんだろう?彼女が上司って嫌なのかな。それとも手作り弁当がいけなかった?重い女だと思われちゃったのかな。単にあたしに女としての魅力がなかっただけかも。自分で言ってて傷つくな。あーあ、これでも少しはときめいたりしたんだけどな。


「こんにちは、五番隊です。」
「いらっしゃい雛森。」
「おう、入れ。」
「これ、十番隊宛の書類がうちに紛れ込んでたから持ってきたの。」
「悪いな。」
「どうぞ座って、ゆっくりできるんでしょ?」

乱菊さんが立ち上がってお茶の用意をしてくれる。御言葉に甘えて来客用の椅子に座れば圧縮されたクッションのように意識せずとも溜息が出た。

「なぁに?溜息なんて珍しいわね。」
「あはは、ちょっと疲れちゃって。」
「もしかして遊び疲れ?知ってるわよ、最近やたらと仲良くしてる男がいるそうじゃない。」
「あー、そんなんじゃないですよ。」
「またまたぁ。」
「いえ本当にそんなんじゃないんです。ただの仕事仲間なだけで。」
「えー?なんだつまんない。」
「あははは……。」




恋バナ大好きなお姉さんには申し訳ないがあたしの恋は恋にもならないうちに消滅してしまった。残念そうに醤油煎餅をかじった乱菊さんはあたしの恋バナを大して気にする風でもなく新しくできた呉服屋の話題を投じてくる。
あたしも残念です乱菊さん。恋する乙女になり損ねてしまいました。真面目で優しくて誠実な態度がとても素敵な彼だったのに好きになる前にフラれてしまいました。傷が浅かったからでしょうか、だから幸か不幸かあまり悲しくありません。ただ、なんだったんだという空白と彼の残した言葉がひっかかるだけです。



「お前が色気づくなんてまだ早いんだよ。それよりももっと仕事が満足にできるようになるんだな。」
「あたしより小さい日番谷君に言われたくないですぅ〜。」
「頭の中は俺の方が年上だ。」
「どういう意味よ!」
「言ってほしいのか?」
「言ってみろー!このシロちゃんめ!」
「シロ言うな!」
「まぁまぁまぁまぁ、二人とも御茶飲んで。」
「今日の御茶が不味かったら雛森のせいな。」
「理不尽!」

ああ言えばこう言う。減らず口とは日番谷君のためにある言葉だ。語彙力の乏しいあたしは口喧嘩で日番谷君に勝てた試しがないのが悔しい。剥れるあたしを放って十番隊長さんは涼しい顔。今更だけど人を小馬鹿にするのは日番谷君の悪い所だ。昔からそう。きっと日番谷君の憎たらしい性格は一生治らないだろう。すすめられた煎餅をやけ食い気味にばりんとかじれば隣に座った彼が笑いを漏らした。こんな時だけ笑うんだから。相変わらず顔だけはいいな。
仏頂面が多い彼の貴重な笑顔はとても可愛い。もっと笑えばファンも増えるのになと思う。日番谷君はとても残念な幼馴染みだ。
そう言えば日番谷君はここで唯一の幼馴染みだ。あたしは隣に座る幼馴染みをまじまじと見た。去っていった彼はこの子になりたかったのか?しっかり者で腕もたつ、口は悪いがそれは遠慮の無い証拠。日番谷君は他人が言いづらいことも言ってくれる。歯に衣着せぬ物言いに腹のたつ時もあるがあたしの為に言ってくれていると分かるからけっして嫌いになったりしない。どんなに喧嘩をしたっていつの間にか仲直りをしてしまう。肉親でもないのにこんな存在、確かに唯一無二だろう。日番谷君はお婆ちゃんと並んであたしの中の重要な場所に座っている。それは誰かが取って代わることなどできない場所だ。これを彼は羨ましがったのだろうか。綺麗な部分も汚い部分も見せてきた存在はある意味肉親以上に御互いを知り尽くしている。長い年月により培われてきた関係は独特だ。いくら望まれても新たに幼馴染みになれるわけもなく、こればっかりはどうしようもない。終わったはずの自己省察にあたしは頭を悩ませた。ああ、あたしはどうすれば良かったの?もう、わかんない。



「…………あたし一生独身かも…………。」
「え?なんか言った?」
「ああいえ、何も。あっ、あたし平子隊長に言いつけられてた用事があったんだ、もういかなきゃ。」
「あらそうなの?」
「はい。乱菊さん、お茶御馳走様でした。日番谷君またね。」
「おつかれ〜。」
「転けるなよ。」

長閑な時間に手を振ってあたしは幼馴染みのいる隊を後にした。歩きながら再び反省会を繰り広げる。
あたし、彼の前でそんなに日番谷君日番谷君言ってたかな?記憶にないけど言ってたのかもしれないな。マザコン男が母親の話ばかりするようにあたしは何かにつけ日番谷君の名前を出していたのかもしれない。だって唯一無二だもの。これってとんだブラコン女よね。そりゃフラれるか。
フラれた理由をあたしなりに見当をつけたがこればっかりはどうしようもなく、御手上げな気分で空を仰いだ。誰になんと言われようが日番谷君だけは外せない。ぬるま湯程度のときめきじゃ日番谷君と天秤にもかけられない。


あたし、行き遅れ決定だわ。


















「隊長、やりましたね?」
「なんのことだ?」






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