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□460000h感謝小話「運命と呼べばいい」
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桃とは家が近くて母親同士も仲が良かったから小学校の頃は殆ど毎日顔を会わせていた。休日には家族ぐるみで買い物に行ったり夏休みには海水浴へ行ったりで親戚みたいなつきあいだった。中学になり男女別々の制服を着るように、なんとなく離れてしまったけれど心の距離は今も離れていない。時間が合えば登下校もいっしょにするしテスト前には教えあう、居心地の良い間柄だ。
明るくて優しい桃は誰からも好かれ、まるで向日葵みたいな女の子。それがΩの烙印を捺され、たった一夜で淫売のような目で見られるのが堪えられなかった。Ωがなんだ、桃は桃だろ。気にすることはない。お前がいいやつだということは皆が知ってるし、何も制約されることはない。発情期の抑制さえきちんと管理できれば何も問題はない。お前が今まで通り振る舞っていればやがて周りの目も落ち着く。
そう言ってやろうと思ったんだ。俺は何があろうとも桃の味方でいたい。お互い安心できる相手なのだと伝えたかった。だから人気のない校舎裏で対峙した。迂闊にも距離を詰めて。


「な、何……?」
「桃、あのな、」
「……………シロちゃんは………β?α?」
「え?」
「………αなら………あんまりあたしには近づかない方がいいよ。シロちゃんに迷惑かけるの嫌だもん。」
「ば……、」


馬鹿野郎、と言いかけてはっと息を飲んだ。
ふわりと甘い香りが鼻孔を擽った。いつもの桃の匂いだ。嗅ぎ慣れた匂いだけれどこんな時にこの匂いを嗅いで「桃はΩ」という事実が脳裏を掠める。
もしかして今までこの香りは桃の匂いだと思っていたけれど、これは俺がαだから彼女の匂いを嗅ぎとっていたのか?桃の匂いはいい香りだと無意識に反応していたのか?雄として?αとして?
思わぬ現実に気づいた途端、背筋にぞくぞくと何かが走った。
校舎裏で向かいあう先の桃はやっぱり俯いて、小さな声で、俺が唾を飲み込んだのに気づいていない。髪を耳にかける無防備な仕草に呼吸が早くなってしまう。意識すればするほど背中に、全身に、熱い電気が駆け巡る。


伏せられた睫毛が長いと思った。風に揺れる髪がとても綺麗で、剥き出しにされた白い首筋は滑らかで旨そうで、酔ってなくともこれは……。



思わず俺は自分の頬を叩いた。
何を考えてんだ俺は。馬鹿野郎はどっちだよ。桃はまだ発情期が来てないだろが。匂いを発するわけがない。落ち着け、感化されるな。軟弱な自分を叱咤する。
けれど気づいてしまった。発情などしなくても桃は十分人を惹き付けるのだと。この先彼女がきちんと抑制管理できればいいが、もし、万が一、発情期が訪れてフェロモンが漏れたらどうなるんだろう?周りのαに襲われたら?桃は自分の身を守れるのか?もうその予兆は現れている。時間はない。ぼやぼやしてたら、他のαに……俺以外のαに……桃は………。
この甘い匂いが強くなり、旨い香りに狼が群れる映像が頭に浮かぶ。無惨に食われる桃が目に浮かび、全身の血が逆流した。


「シロちゃん!何やってんの!?大丈夫!?」


自分で自分の頬をぶった俺に驚いて桃が近づく。下から覗きこむ、その心配そうな表情にはっとして桃の手を掴み、睨むように顔を近づけた。


「なぁ…………………………………俺が項を噛んでやろうか?」
「え?」


彼女を他のαから守るには首輪では安心できない。薬もあてにならない。
桃が大きな目を瞬かせ、俺は潤んだ瞳に悪魔の契約を持ちかける。


「そうすりゃ……無闇矢鱈とαを誘わねぇし発情期が来ても俺が相手をしてやれる。」
「なにを、言って……冗談だよね?そんなことしたらシロちゃんが、」
「俺ならかまわない。」



番になれば彼女のフェロモンは俺にしか効かなくなる。俺も他のΩに惑わされる心配が無くなる。項を噛んで一生離れない契約をするのだ、お互いにしか発情しない契約を。

彼女と番になるのは俺だ。




この感情を運命と俺は呼ぶ。





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