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□460000h感謝小話「運命と呼べばいい」
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日雛でオメガバ



運命の番なんてそう簡単に巡り会えるわけがない。第一、運命なんて言葉で自分を縛りつけて振り回されるなど堪ったもんじゃない。人生を縛られるんだ、罰ゲームどころの話じゃない。拷問と同じだ。







中学に入って早々に行われた健康診断。小学校の頃から毎年学校で行われる決まり事に、中学一年生時には一つだけ付け加えられる。第二の性判定だ。


aか………。


ご丁寧に糊付けされた茶封筒を開けると先日行った検査結果がシンプルに事実を告げていた。特に感慨もなく印刷されたフォントを眺めた後、俺は告知書を元通り封筒へと仕舞う。教室のあちこちでテストの点を訊くかのごとく、相手の判別を探りあう声がする。何のためにこの封筒が厳重に封をされてるかまるでわかっていない輩だ。プライバシーの扉を遊び半分で抉じ開ける行為は笑えない。やつらは自分が安全圏にいることが確定したからこそふざけられるのであって、もし自分がΩなら触れられたくない話題だろう。ホッとする気持ちは分からなくはないがもう少し考えろと言いたい。
男女共に妊娠可能で繁殖に特化した性、Ω。自分がそうだと宣告された人間はショックを受けるに違いない。たとえ人格者で知能も高く能力も優秀だとしても発情期の負担は重く、常に抑制の配慮は欠かせない。可哀想な性だと思う。そんなΩ性への思考が行き届かない奴等は御子様というよりも、やはりバカだと言うしかない。まぁ隠しても直ぐバレるんだけど。
この世は社会的優位者のαと一般的なβ、希少種であるが社会的地位は低いΩからなる。子供の頃から何でもすんなりとこなしてきた俺がαというのは、まぁ予想できたことなので驚きはしない。きっとこの学年にも何人かいるはずだ。それよりも俺が気になるのは……。
窓際の席で皆と同じように紙面を確認した後、そっと封筒に紙を戻したあいつを見た。桃は何だったんだろう。天然でドジだけど学校の成績も悪くはなく運動だって得意な方だ。封筒に戻した後、澄ました顔して前を向いたがきっとあいつもαだろうと思った。



「放課後それぞれ教室に別れて指導説明会を開く。中のプリントを読んだら自分の該当するクラスに行くように。」


担任が言うと同時にチャイムが鳴り響く。αβΩと別れて今から俺達に性教育をするらしい。担任が遅れるなよと声を張り上げる中、皆ガタガタと椅子から立った。俺は今一度プリントを出して場所を確認し、指示通り第一視聴覚室へと向かう。けれど集まった中に桃の姿はなく、なんだ、βだったのかよと然程深く考えなかった。一般的にはβが普通なのだ。
説明会の内容はなんてことはない。αである俺達はΩのフェロモンに当てられたら理性が飛ぶから注意しろということだけだ。TPOを弁えない生理現象を防ぐための注意事項ともしもの時の為にと速効タイプの抑制剤と避妊具を一つずつ配られた。フェロモンに誘われて理性を無くした挙げ句レイプ犯になっちまうなんて最悪だもんな。αである俺達には同時にΩの特性も説明されたが自分のことではないからそちらは半分転た寝しながら聞いていた。説明会は一時間ほどで終わり、配布された物は一応財布の奥に仕舞った。こんな平凡な日常生活ではまず使うことはないと思ったんだ。その帰り道、前を歩く桃を見つけた。
肩を落として足取りも気のせいか重いような?下を向いて歩くなんてあいつらしくない。その、いつになく元気のない歩き方に思わず名前を呼んだ。でも振り向いた桃に俺の声は途中で消えた。



「桃、おい、も……、」



見てはいけない表情だった。
彼女はきっと見られたくなかった。桃の泣く寸前の顔を見たのはあまりにも久しぶりで咄嗟にかける言葉が見つからなかった。顔色は赤く、俺だと判ると無理矢理笑顔を作った。でも作り笑顔を向けるよりも感情の昂りが勝ったのか桃は直ぐに顔を隠して逃げるように走って行った。取り残された俺は暫しポカンとその場に立ち尽くし、訳が分からない。なんだよあいつ、と漏らす影で、もしかして、と一つのワードが脳裏に過ぎる。いや、でも、まさか、学年で一人いるかいないかの確率だぞ?それがよりによってあいつな訳がない。身震いのように頭を振って打ち消した。
そんな俺の不安が的中したのを知ったのは次の日登校してからだ。いつもより少しだけ教室がざわついていた。





「雛森ってΩだったんだな。」


俺が席に着くと直ぐ様後ろのやつが背中をつつき、囁きかけた。色めいた好奇心を隠しもせずそいつは尚も話しかける。


「Ωってあれだろ?発情期がくるとフェロモン撒き散らしてαを誘うんだろ?」


囁きが耳に届いたのか窓際にいる桃の肩が揺れた。沈んだ表情で鞄から教科書を出していた。その細い首には防犯用の首輪。たまに街中で同じような首輪をつけた人間を見かけることがある。まだ番のいないΩは項を噛まれないよう、フェロモンを放たないよう、常に自衛しなければならない。フェロモンの抑制が上手くできず、近くにいるαに襲われる事件は年中耐えず起きているからだ。抑制剤の使い方が未熟で力も弱い中学生が望まぬ番契約を避けるにはあの首輪をつけなければならないのだ。昨日、帰り道で見た時にはしていなかったから夜のうちに病院へ行ってきたのだろう。
桃はΩだったのだ。
後ろのやつはどうにも好奇心が静まらないらしい。俺は幼馴染みが偏見に満ちた色眼鏡で見られて腹の中に黒い物が溜まっていく。


「ところ構わず発情されたら困るけど雛森の発情した顔はちょっと見たくねぇ?きっとエロ、」
「うるせぇ!!!!」


後ろを振り向かなくともゲスな表情が想像できる。どうにも胸糞悪くて俺は机を思いきり蹴った。きっとこいつの言ってることは大多数の声なのだ。一々殴って黙らせてもキリがない。同情と哀れみと好奇心と嫌悪、小さな教室はそのまま社会の縮図に思えた。Ωである桃はこれから先どこへ行くにも多数の目と戦わなければならなくなった。あんな、首輪一つで。
派手な音が教室に響きその場にいた全員が動かなくなった。けどそんなこと知ったこっちゃねぇ。俺は立ち上がると桃へと近づき手首を取った。


「ちょっと来い!」
「え、シロちゃん、なに……?」
「いいから来い!」


怒鳴りながら首輪が目に入る。なんでこんなにムカムカするのかわからない。同情よりも怒りが沸き上がるのはどうしてだ?いくら幼馴染みとはいえ他人事だろ?冷静になれよ、俺。
畜生、と心の中で吐きながら俺は人気のない校舎裏へ桃を引っ張って行った。
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