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□440000h感謝小話「別に遊園地でもよかった」
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「お前、あんなに走り回ってるくせに以外だな。」
「小さい頃溺れかけてから苦手なんだよ。」




いつになく逃げ腰な雛森は米神を掻きながら観念したように白状した。あの泣きそうな雛森が脳裏に浮かぶ。普段の輝くような笑顔はどこにもない雛森が。俺はあの彼女を見て俺が笑顔にできればどんなにいいだろうかと思ったんだ。水面を見つめる目を上げて俺を見てくれたら、と。
俺はひとつ大きく息を吸う。


「じゃあ俺がついててやるよ。」
「え?」
「雛森が水に慣れるまでついててやる。深い所には行かないしずっと見ててやるよ。絶対に目は離さない。だったら平気だろ?」
「え、でも、」
「夏休み入って直ぐの土日はどうだ?」
「ほ、ほんとに行くの?」
「行く。」
「……ずいぶん強引だね。」
「…………………………い、今、海に行きたいって言っただろ。俺は暑いの苦手なんだよ。」

そりゃ強引にもなるさ。なんせ高校生活最後の夏だからな、必死なんだ。指をくわえて見てるだけだったとしても十年間の想いを無駄にはしたくない。
老朽化したジェットコースターは助走のカーブを軽くいなすとリフトヒルに差し掛かる。彼女の瞳が瞬くと、カタン、とコースターは斜めになった。俺の心臓は潰れそうなほど忙しく動き、胸が圧迫されて息をするのも難しい。死の崖っぷちに立っているというのに俺ってやつはどこまでも虚勢と腐れ縁らしく、なぜか鋭く彼女を睨んでしまった。だから喧嘩売ってんじゃねぇっての俺ぇ!
でもスーパー社交的な雛森はまったく気にする風もなく、面白そうにころころ笑って。


「じゃああたしは水が恐くなくなって、日番谷君は暑いのが解消されてwinwinの関係だね。」
「………おぅ。」
「うぃんうぃん、あはは、可笑しいね。うぃんうぃんだって。」



どこに面白スイッチがあったのか雛森はやたらwinwinを連発して笑いだした。
ジェットコースターは登っていく。チェーンリフトをギリギリ回し、最高到達点へと俺を運ぶ。鳥の視点を楽しむ余裕もなく俺は彼女の返事待ち。


「あの、」
「じゃあ今度の土曜?日曜?空けとくね。」
「お、おぅ、その、また、LINEする。」
「うん、待ってるね。へへ、あたし水着買わなきゃだ。」
「…………俺も……。」
「ばいばい、また明日ね。」


ばいばい、と狼狽えるように手を上げた。
ああ、とうとう最高地点に来ちまった。もう後は覚悟を決めるしかない。
雛森は、とても雛森らしい笑顔を見せ、勢いつけてスクバを肩にかけると可愛く手を振って教室を出ていった。



あのな、実は皆んなを誘うとは言ってないの、わかったか?二人きりだと気づいても帰さないからな?たぶん手ぇ繋ぐぞ?できればツーショで写真を撮るしナンパ防止に彼氏面をするかもしれない。そしてそして最後にドデカい爆弾を落とすと思う。泣くか?泣かないでくれると有難い。
雛森と入れ換わりのように黒崎が現れた。俺を見て凄い汗だな、と引いている。蒸し風呂の教室で、俺はゆっくり立ち上がり、天井を仰いで目を閉じた。

ガタン、とコースターの視界が変わる。

青い空を背負って後は真っ逆さまに落ちるだけ。




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