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□440000h感謝小話「別に遊園地でもよかった」
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*別に遊園地でもよかった



梅雨が明けたら海へ行きたいと彼女に言った。幼馴染みとは名ばかりの、ただのクラスメイトに。
夏の約束はまだ何も無い俺達だから早く押さえておかなきゃ彼女を盗られると思ったんだ。人気のアトラクションが長蛇の列になるのは当たり前。友達の多いあいつの前に、順番待ちの列ができるまでに何とかしたかった。この夏は俺が真っ先に予約して一カ月先まで貸し切りたい。できればもっとずっと先まで永遠に。
今は悲しいくらいただのクラスメイトだけれど僅かな希望を抱いて俺はアプローチという老朽化したジェットコースターに乗り込んだ。





















校庭のどこかで蝉が鳴いている。グラウンドの端っこではゴールポストが直射日光の餌食になっている。雨上がりの地面は湯気でも出そうな鉄板状態。夏の陽射しは俺達の真上から問答無用に刺してくる。梅雨明け宣言ももうまもなく出されるだろう。
授業中は快適だった教室も、終礼が終わった途端、担任が早く帰れと言わんばかりにエアコンを切りやがった。奴の目論み通り蒸し風呂の教室には居たくないとわんさかいた居残り生徒達はあっという間に教室から消えていった。しかし俺はA組の黒崎がくるまでここで待機だ地獄かよ。
梅雨明けの最初の連休は、高校最後の夏休みの幕開けだ。疎らになった教室に残っているのは俺と隣の雛森とあと一人か二人。それもあと10分もすれば消えるだろう。黒崎が来るのも多分そのくらいだ。
その10分が勝負だ。地獄とか言ってる場合じゃねぇ。
蒸し暑い教室で帰り仕度する雛森に俺は極力平静を装って声をかけた。声をかけた?そう言えるだけの自信はないが俺の中での精一杯だ。
机の上に伸ばした腕に上半身を預けきり、目線は明後日、できるだけ暑さにダラけたフリをして「海水浴に行きたくないか?」と独り言のように呟いた。一瞬キョトンとしてこちらを見た雛森に、挫けんじゃねぇぞと自分を叱咤。再度、彼女を見据え「こう暑いと泳ぎたくなるだろ」と逆ギレの眼差しで言った。なんでキレ気味で言ってしまうかな俺。天の邪鬼だってもう少し可愛げがあるだろうに。
我ながら何故普通に誘えないのかと泣きたくなるが生まれ持った性格なんだから仕方ない。その誘っているのか喧嘩腰なのか判らないくらい曖昧な台詞に返ってきたのは困惑混じりの作り笑いだった。それを見た瞬間、ああ、最低な誘い方をしたなとあらためて己のミスを悟ったがもはや手遅れ。俺ならこんな扱い辛そうな奴に絡まれたくない。でも他にどう言えば良かったのか、学年1位の頭脳でも思いつかなかったんだ。直立不動で右手を出して「俺と海に行きませんか?」とダンスパートナーを申し込むみたいに言えば良かったのか?絶対無理ぃ!!!
大荒れの心を無視して勇足のジェットコースターは発進した。


「そうだね、きっと気持ちいいだろうね。」
「は……。」


スクバにコバルトブルーの筆箱を入れると雛森は鞄の口を閉めた。彼女のイメージには無い、明るい青の筆箱は雛森が今ド嵌まりしている推しの色。女みたいな顔をした、男のくせにやたら高い声で歌うアイドルだ。つまり俺とは正反対。毎日可愛い可愛いと騒いでTVや雑誌の中の存在にはしゃいでいる。ふん、どうせ俺は強面だよ優しい笑顔なんか不可能だよ。臭い口説き文句も言えないしエロい仕草でアイスも食べれねぇよ、ちっ。だいたい男が可愛いと言われて喜ぶか?そんなの御客のニーズに応えてるだけだろ。言っとくけど男の価値は度胸と勇気と自信だからな!俺には無いけど!てやんでえ!



「日番谷君は泳げるの?」
「は?」


ガタン、とジェットコースターがひと揺れし、しっかりバーを握ってろと僻み根性噴出中の俺を現実に戻してくれた。話を振ったくせに放ったらかしでいじけてたら謎に沈黙ができてたらしい。雛森は俺の言葉を拾い沈黙を埋めてくれた。こういうのを会話のキャッチボールというんだよな。人と関わるのが好きな雛森は俺と違って誰とでも会話が続く。とても羨ましい才能だ。俺ならこんなやつ無視して席を離れるぜ。


「も、もちろん泳げるさ。」
「じゃあ尚更海へ行きたくなるわけだ。あたし泳ぎはあんまり得意じゃないからなぁ。」
「ああ……。」


そうだったな。
十年間幼馴染みっぽいことをしていなくても彼女のことはずっと見てきた。小学生の頃、毎年プールの授業が来るたびに憂鬱な顔をして歩いていた。グランドでは生き生きと走っているくせに水に浸かるとてんで駄目で、陸に揚げられた魚、沖に流された兎みたいだった。いや、風呂に入れられた猫か?「誰か私を助けてください」、そんな泣きそうな顔で水の中に立っていた。きっと彼女の記憶の中では苦い思い出としてあるのだろう。思わず同意してしまった俺に雛森の目が吊り上がる。おんぼろジェットコースターはぎこちなく緩いカーブをすり抜けて軋みながら徐々に速度をあげていく。


「ああ、ってなにそれ、納得しないでよ!」
「やべ、つい、」
「いいよいいよ、日番谷君は知らないだろうけど毎年プールの授業は補習組だったからね。もう諦めてるの。」
「別に泳げなくても生きていけるしな。」
「そうそう。」
「ガチで泳ぐ必要性もないし。」
「そうだよ。」
「でも泳げなくても海は楽しいぞ?」
「う…まぁね。」
「ボートに乗ったり波打ち際で遊んだり、泳げないやつも行ってるぞ?」
「うーん………。」
「プールなら大丈夫なのか?子供でも行ってるんだから安全だろ。」
「でも毎年事故があるし……。」
「危険なことをしなきゃいいだけだろ。監視員もついてるし。事故なんか山でも川でも遊園地でも起きてるぜ。それよりも道中の事故の方がよっぽど多いだろ。」
「うーん………水が怖いんだよね…。」





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