ss4

□沈む
2ページ/2ページ








波は高いが二人が歩む防波堤の上にまで届くことはない。
海岸に人影はまばらで泳ぐ者など誰もいない。サーファーくらいはいそうなのに今日は波と興じる者は1人もいないのだ。真夏は賑やかなビーチもシーズン前の平日はこうなのか。



「引き波が強そうだな……。」


波打ち際の白い泡を見て彼が言った。海を指指して、遠浅じゃないから本当は海水浴場には向かない海だと。少し進めば急に深くなるから子供には危険だという。今歩いてるこの辺りは透き通ってて浅そうだけどかなり深いらしい。それを聞いてあたしは「ふうん」とちょっぴり足が竦んだ。日番谷君は防波堤の先へと進んでいく。手を引かれながらそぅっと海を覗くと確かに深い。でも透き通ったエメラルドはとても綺麗で恐い話も薄れてしまう。小さな小魚を見つけたら逆に楽しくなったりして、あたしは繋いだ手を命綱に更に深く覗きこんだ。


「おい、落ちるぞ」
「平気だよ、見て、魚がいる」
「出過ぎだ」
「大丈夫大丈夫」
「ほら」
「っきゃあ!」


繋いでいた手を一瞬弛められて前のめりになる。直ぐに引き戻してくれたけど、瞬間近づいた海面に驚いて、あたしは叫んでしまった。


「やめてよ!びっくりしたじゃない!」
「ははは、油断してるからだ」
「んもう!これからは油断しないからね!」
「冗談だって。ちゃんと握っててやるよ」
「信用できない」
「絶対離さないから安心しろ」
「むぅ……」


冗談で頬を膨らましたら日番谷君は何やらズボンのポケットをごそごそ探り、小さな何かを取り出した。向かいに立つとあたしの左手を取り、指でつまんだそれ、を、薬指に……。


「え?」
「誕生日おめでとう桃」
「え?え?」
「卒業したら結婚しよう。俺、お前がいないとだめみたいだ。一生手ぇ繋いでいたい」
「ひ………」


えええええ!!
ぶわりと胸が一気に膨らんだ。喉が詰まって瞳の奥が熱くなる。
唐突、唐突だよ日番谷君。これって作戦なの?今のこの流れで言うなんて予想外すぎる。
文句を言いたいけどやっぱり喉は痛いくらい詰まってて、熱に誘発されたのか涙が勝手に出てきて止まらない。瞬きもできないし唇は震えるし、日番谷君のせいよ、油断した。今、油断しないって言ったばかりなのにもう嵌められた。どうしよう?どうしたらいい?涙拭きたい。前が見えない。ああ左手薬指もはっきり見たい。鼻も出てきた。鼻かみたい。もうぐちゃぐちゃだ。
そんなあたしを日番谷君は、しょうがないなぁって言いたげな顔をしながら指で涙を拭いてくれた。でも指くらいじゃ追いつかないよ。


「き、急に、狡い、反則だ」
「急か?そうかな?俺たぶんガキの頃からお前は俺のもんだと思ってたんだと思う。他のやつらがお前に何かしたらすげぇイラついたし」
「嘘………」
「嘘じゃねぇよ。お前が気づかなかっただけで俺の片想い歴は半端なく長いぞ」
「嘘だ……」


つきあい初めてまだ1年。でも昔から傍にいた人ではあった。そんな告白初めて聞いたよ。飛沫をあげる波を頭から被って更に追い討ちをかけるように水上バイクで海水をかけられたような衝撃だ。どうしてもっと早く言ってくれなかったの、そんなの俄には信じがたいよ。感動のプロポーズだけれど言いたいことも山盛りだ。でもあたしの頭の中は空回りして何を言っていいかわからなくなってきた。


「桃、返事」
「え?あ、えっと?」
「『はい』だろ?早く言え」


命令か!
どうやらあたしを自分のものと思ってるのは本当みたいね、今の俺様口調で判ったわ。


「ちょっと考えさせて…」
「ふざけんなよ、早く言え今すぐ聞きたい」
「日番谷君意地悪だし……」
「お前なぁ………言っとくけど俺は護る男だぞ」


そうだね。昔から護ってくれてたね。
強くて透き通った翡翠があたしは好きだった。その色は濁ることなく今もあたしの傍にある。
日番谷君は焦らすあたしを引き寄せると懐にしまうみたいにぎゅう、と抱きしめた。


「はぁ………今すぐ結婚してぇ。おい、素直に返事しねぇとこのまま海に落ちてやるからな」
「ふふ、うん、わかった。はいどうぞ」


笑いながら抱きついたら呆れた溜息が耳を掠めた。
いつからだろう、もうとうの昔から沈んでる気がする。
この海よりももっと深くて透明なエメラルドにあらためて落ちていく。
2度と浮き上がれないだろうけど、たぶんあたしは水底で幸せに暮らすに違いない。














さぁ、2人で竜宮城へ行きましょう




前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ