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□370000h感謝小話「被虐性欲」
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*原作日雛





雛森が嫌いだ。
たいして面白くもないのに大口開けて笑うところが嫌いだ。もっと食べて大きくなれと自分の嫌いな物を押しつけるところも嫌いだし、無理矢理遊びに誘ってくるところも嫌いだ。俺が睨みつけると怒ったり悲しい顔をしたり、何より婆ちゃんみたいな目をして見つめてくるのが最高に苛つく。それに身体が俺より大きいというだけでなぜ年上ぶるのか解らない。世の中体格がすべてではないだろう?言っとくけど頭の中は俺のほうが絶対大人だ。
なのに雛森は俺を弱い者のように扱う。世話をやかなければならないと思っている。赤子のように護られるべき存在だと瞳で訴えてくる。
馬鹿にしてんのか?さも俺の気持ちを理解しているような顔をして実はまったく解っていない。俺は一人でも大丈夫なんだお前とは違う。無理に構わなくても生きていけるというのに、その偽善さに腹がたつ。無神経な優しさは時として残酷な仕打ちに様変わりするということに馬鹿なあいつは気づかない。





幼い頃の俺は周囲から浮いていた。俺の見た目が原因なのか雰囲気なのか、大人も子供も俺とは深く関わらない。多くの人間が俺との接点を嫌う中、それでも偶に絡んでくるやつもいて。そんなやつは大抵威張りたい奴か虫の居所の悪い奴だった。


「シロちゃん大丈夫?早く帰って薬を塗ろうね。」
「痛ぇんだよ、触るな。」
「他には怪我してない?」
「触るなって言ってんだろ!」


婆ちゃんが待つ家を目指しながら雛森が気遣わしげな目を向ける。手を繋ごうと伸ばされた手を俺は跳ね除けた。
流魂街に限らずどこにでもガキ大将はいるもんで、今日俺はガタイのいいクソガキの標的にされた。いつもならあんな鈍間野郎にしてやられる俺じゃないんだが、今日はたまたま両手に薪を抱えている時だったから間が悪い。俺よりふた回り程大きいそいつに突き飛ばされて、小柄で軽い俺はいとも簡単に吹っ飛んだ。その現場を見ていた雛森が血相を変えて飛んできて、俺とそいつの間に割って入ると何するんだひどいじゃないかと吠えて吠えて。まるで熊に立ち向かう仔犬みたいだった。
弱いくせに負けん気だけは強い雛森は見ててこちらがヒヤヒヤする。俺が止めるのも聞かずにつっかかる。けれど見るからに細くて非力な女が喚いても相手にとっては雑音が増えただけ。クソガキにとって雛森は新しい玩具の一つだ。やつは俺から雛森に照準を替え、笑いながら彼女の腕を掴んで転倒させた。俺は思わず立ち上がってそいつの腹に頭突きを喰らわした。続いて雛森がそいつの腕に噛みついて。それからは三つ巴の大騒ぎだ。
大熊と戦う二匹の仔犬はさぞかしいい見物になっただろう。道の真ん中で暴れる俺達が通行の妨げになったのか見るに見かねたのか最後は近くにいた大人が仲裁に入ってくれてやっと収まった。


「でもあたし達負けなかったよね、うん。五ヶ所は噛みついてやったし髪の毛も抜いてやったし。」


喧嘩の成果に雛森は鼻を鳴らした。
結わえていた髪はほどけて膝は赤く滲んでいる。俺も右袖が半分千切れかけてるし何だか頬がひりひりする。雛森の言うように勝利したのかかなり怪しい結果だがこいつは満足そうだった。きっと泣き寝入りしなかったことが既に雛森の中では勝利なんだろう。


「お前が入ってこなきゃこんな大騒ぎにはならなかったんだ。」
「何言ってんの!ああいうやつには二度と悪いことをしないようにガツンと懲らしめてやらなきゃ!シロちゃんだって痛かったでしょ?」
「こんなもん全然痛くねぇ。」
「さっき痛いって言ったじゃん……嘘つき。」


ボソッと溢した雛森は顔をしかめて痛そうな顔をした。
なんでお前が痛そうなんだよ。俺は本当に痛くないんだ。転ばされた時だって痛くなかった。お前が飛びこんでこなければ大騒ぎにもならず怪我も最小に抑えられたってのに、なぜもう少し先を考えられないんだ。頼むから、つまようじの先ほどでもいいから、一時の感情で行動するのはやめてくれ。
雛森の正義感に振り回されるのは初めてじゃない。
多少の悪態も暴力も、俺一人なら無視してその場を難なく凌ぐものを、こいつは一々過剰に反応する。糸に獲物が引っかかった蜘蛛でさえもう少し反応は鈍いだろう。ったく大袈裟なんだよ。俺は平気なんだ。こんな日常茶飯事一々尖ってちゃ身が保たない。


「……帰ったらお薬塗ってあげる。」
「いらね。」


なのに、


「何か美味しい物も作ってあげるよ。」
「……いらねぇって言ってるだろ。」


なのに雛森は俺が傷ついていると勝手に思っている。痛みを我慢していると決めつけている。それがとても煩わしい。


「あたしはシロちゃんのこと大好きだからね。」
「やめろ。言うな。」


要らぬ気遣いは邪魔なんだ。俺は平気だって言ってるだろ。頭を撫でるな、俺は別に泣きたくはないんだ。
俺の手を捕まえてにっこり笑う。俺を癒そうとしないでくれ。傷ついちゃいないんだ。雛森の目に俺はとても弱い人間に映っているらしい。
だから雛森は嫌いだ。
俺という人間を勝手に決めつけて本質を見抜けない。誰が泣くか。俺はお前が思うよりずっとずっと図太い人間なんだ。馬鹿。馬鹿桃め。
子供の俺は心の中で雛森を万倍も罵った。
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