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□20200117day「あの子は傷物」
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最初に事を起こしたのは忘れもしない、正月だというのに春を思わせるような日だった。
勿論、新春というからには暦の上では春だがこの三が日の陽気が過ぎれば寒波が来るという、所謂一時的な小春日和。暖かさに気をよくしても直ぐに身を縮めなければならない。そんな油断誘われる日の夜だった。









「お餅美味しー。日番谷君もおかわりする?」
「お前また食うのかよ?」
「だってお雑煮食べるのなんて御正月だけだもん。」
「餅屋で餅を買ってくりゃ何時でも食べられんだろ。」
「気分が違うの!」


元旦の朝、呆れる俺の目をものともせず、雛森は自分の椀に丸餅を二つよそうとさっさと箸を動かした。もう四つ目だぞ。いったいどんだけ食うんだよ?細い見た目とは裏腹に雛森の腹は餅をどんどん吸い込む。そう、こいつは昔から好きな物には限度が無かった。手打ち蕎麦に嵌まった時は一週間毎日蕎麦を食わされたし縫い物に嵌まった時は足袋も褌も雛森の手製、挙げ句のはてには十番隊のテーブルクロスや隊員達の座布団カバーまですべて雛森の手作り品だった。強面の厳ついおっさん隊員の尻にピンクの猫とハート柄の座布団が敷かれている光景は実にシュールだった。極端すぎる。こいつは絶対猪突猛進型の亥年の女だろう。具沢山な雑煮を食べながら俺は猪女を眺めた。
婆ちゃんが転生し、流魂街の家には誰もいなくなった。なのに俺達は毎年年末はこの古家に帰省し正月を迎える。二人きりで。
年末に限らず家人の居なくなった家に俺と雛森は帰省と称して半年ごとに訪れた。溜まった埃や煤を払い、無音だった家の時間を進めてやる。二人で掃除して二人で飯を作って食べる。二人布団を並べて眠り翌朝いっしょに朝飯を取る。一度巣立った姉弟が帰ってきたように、俺達は婆ちゃんがいた頃の冬獅郎と桃に戻るのだ。


「後で一本松の所までお散歩しようよ?」
「ああ、いいぜ。」
「この地区も変わったかなぁ。変わってないといいなぁ。」
「半年やそこらで何が変わるってんだよ。」
「それは分かんないよ?この前帰った時には酒屋さんの隣にあった御煎餅屋さんが判子屋さんになってたじゃない。そうやって少しずつ変わるんだよ。だから探検しなきゃ。」
「なんだその使命感は。」


現世なら初詣といったところか。潤林安に戻る度に地区を周り、昔からの面々に挨拶をする。俺と雛森の何となくの恒例行事だ。散歩から戻れば散らかった庭の手入れを一頻りして夕餉の仕度に取り掛かる。また二人で夕飯を取り風呂に入って床に就く。こんな休暇の過ごし方をもう何年も繰り返している。飽きもせず変わり映えもしない年末年始の休暇を雛森はとても楽しそうに過ごすから、俺は本音を言い出せない。
雛森、実はとっくにこの過ごし方には飽き飽きしてるんだ。
優しく長閑な時間はとても安らぎを感じるけれど物足りなくてしょうがない。心許した者にしか向けないその笑顔もとてもとても嬉しいものだが心に負担でけっこう辛い。俺はお前の笑顔を護りたいが壊したいとも思ってる。姉の顔なんか要らないんだ、
俺の家族は婆ちゃん一人で十分だ、なんて言ったら雛森は傷つくだろうか?
雛森とは家族を作っていきたいんだと言ったら、泣くだろうか?
笑っていてほしいけれど泣かせたい。歪な感情は年々膨らむばかりで萎むことはない。雛森と俺の、御互いに寄せる気持ちは今では大きく反れてしまった。
俺の裏切りは続く。いつからか、婆ちゃんの家で二人眠る夜、俺は真夜中に目が覚めるようになっていた。暗闇で目を開ければぐっすりと眠る雛森が隣にいて、手を伸ばせば届く近さで、何をしても起きなさそうで。ふと頭によぎった疚しい気持ちを急いで打ち消し、俺は慌てて布団を被る夜を過ごした。
己と闘う夜を何度越えただろう。でも遂には打ち消すことも誤魔化すことも出来なくなって俺はその日の深夜、そっと起き上がると眠る雛森に近づいた。


「雛森………。」


起きない。


「雛森?」


返事はない。


「…………雛森。」


気配を消して寝床を抜け出す。眠る兎を捉える狼みたいに目を光らせる。


「好きだ……。」



初めて気持ちを声にした夜、無防備な唇に触れるだけのキスをした。
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