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□2018年「12月17日ー1月17日のhotchpotch」
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*護羊犬






学パロ日雛





冬休みに入る前の特別課外授業は隣県にある文化博物館だ。
文化博物館といっても建物からは堅苦しい雰囲気は無い。開けた緑の庭園が建物の周りをぐるりと包み、通りから続く長くうねった花壇のアプローチはこの寒い時期にも楽しめる草花が植えられていた。体育館ほどの温室もあり、知らない者が訪れたら植物園と勘違いしそうだ。
桃は文化博物館も植物園も記憶を遡る限り訪れたことがない。部活の先輩に聞いた話だと毎年一年次の12月にあるこの研修は延々と展示物を見て回るだけの退屈な社会見学だと教えてもらった。退屈でずっとスマホを弄っていたと先輩はうんざりした顔で言っていたが、なかなかどうして楽しい所だ。
だってクラスの皆とプチバス旅行って時点で楽しくないか?教室で難しい数式が書かれた黒板を眺めているより博物館を見学する方が断然面白い。博物館の庭園は素敵だしバスの中ではおやつも食べられるし友達とお喋りできるしハリポタのDVDも流してくれる。タルい、退屈、楽しくないの3Tだと先輩は愚痴ていたけど大違いだ。浮かれ気分が止まらない。
仲良しの友達と館内を連れだって歩きながら、桃はついつい大声になっていたようだ。楽しすぎて。先を歩くクラスメートからお叱りの声が飛ぶ。


「お前らうるせぇ!それに遅いぞ!早く来い!」
「ふぁ!」
「はーい、やば、日番谷睨んでるよ。」
「走ろう!」

クラスの最後尾を歩いていた桃達は気がつけば皆からかなり遅れをとっていた。学級委員の日番谷が羊を追う牧羊犬のごとく桃達を誘導する。彼の横を通り過ぎる時チラリと目があえば険しい眼差しで突き刺された。あいたた。一匹もはぐれることなく連れ帰るのが彼の使命なのだから危険因子が目をつけられるのはしょうがない。しょうがないのだけれど小さく舌打ちが聞こえるとちょっとへこむ。ほらほらと追いたてられながら心の中でしょんぼりとした。
クールな言動が売りのイケメン氷結王子様は最近桃にだけ風当たりが強い気がする。気のせいならいいのだけれど久しく彼の笑った顔を見ていない。
確か1年の入学当初はこんな牧羊犬な彼も優しかったような記憶がある。出席番号順に座った席は彼と前後で二人はよく会話していた。登校に1時間かかること、兄弟はお姉さんが1人いること、大型犬を飼っていることや中学では剣道部だったこと。席替えをするまで日番谷とは毎日とても楽しくお喋りしていた。高校に入っていい友達ができたと思ってたのに1年生もあと僅かという時になって何故冷たい態度をとられるんだろう?あんなに話しかけてくれていたのに。彼に何かした?騒ぎすぎてる?馬鹿な発言ばかりしてるから?もしかしてあまりにも勉強出来なさ過ぎて嫌悪されてるとか?どうなんだろう?桃の考えすぎだろうか?


「喋ってねぇでサッサと歩け。皆を待たせることになるんだぞ。」
「はいはい、気をつけます。」
「はいは一回。」
「お母さんかよ。」
「あ、」
「桃?どうしたの?」
「ごめん先に行ってて。靴紐がほどけちゃった。」


クラスの最後尾に追いついたのはいいけれど、ふと足元を見ると靴紐が解けそうなことに気がついた。靴紐を結び直す時間くらいなら直ぐ取り戻せる。桃がしゃがみながら皆に先に行ってもらうよう促すと、友達は頷いてくれた。視界から皆のスニーカーが消えると桃は新しく買った靴の靴紐を掴み簡単に解けないようきつく引っ張った。その時、背中に気配を感じて。




「………………日番谷君も先に行ってていいよ?」
「…そんな時間かからねぇだろ。待ってる。」
「靴紐結ぶだけだから待たなくていいよ?また皆から遅れちゃうし。」
「ちゃんと追いついたから大丈夫だ。靴紐くらいゆっくり結べよ。」
「………………びっくり………なんか優しい……。」
「あ?なんだって?」
「うううん、なんでもない!」


さっきまで牙を見せて吠えていた牧羊犬が急に静かになった。チラリと斜め上を盗み見ると、靴紐を結ぶ桃の傍らに涼しい横顔が窓からの光を受けていた。ほんの1分足らずのことだ。靴紐を結び終えて桃が顔を上げると目の前に大きな、マメのある手が待機していた。日番谷に目をやると赤い顔で、額に汗をかくほど赤い顔で左手を差し出し桃を見据えていた。


「……………。」


この手と赤い顔の意味が判らない。
これは金銭を要求されているんだろうか。日番谷を待たせた代償はとてつもなく大きかったということか?
牧羊犬の意図が掴めなくて桃は左手と日番谷の顔を行ったり来たり。とても友好的とは言えない日番谷の眼差しに声が出ない。


「ん、」
「………………。」
「…………………手……貸せよ。」


手……?
何を言わんとしているのか、まったく先が見えないが兎に角言われた通りにすれば問題は無いはずだ。桃は日番谷の掌にちょこんと右手の先っぽを乗せた。日番谷は桃の手を握り直すようにしっかり掴むと二人いっしょに立ち上がるように引っ張った。ぐん、と強い力が桃を立たせる。


「あ、ありがとう……。」
「ん。」


桃が御礼を言うと照れ屋な牧羊犬はたった1文字だけの返事をした。今年の春によく見せてくれた顔で。ぶっきらぼうだけど優しい声で。
懐かしい日番谷を垣間見て桃の胸が大きく膨らんだ。


「日番谷君………。」
「あ?」


もしかしたら以前みたいに話せるかもしれない。桃はずっと話したかった。よそよそしい態度はとても寂しかった。剣道はもうしないのか訊きたかったし飼い犬の写真も見せてほしい。数学の解らない所を教えてほしいし制服の袖口の釦がとれかけているのを知らせたい。何故急に、目を合わせてくれなくなったのか、桃を避けるようになったのか、尋ねたい。


「あの、あのね、日番谷君、」


そう思ったらお喋りな羊は止まれない。彼とは沢山話したいことがあるのだ。
日番谷が桃を群れへと誘導する。メェメェと桃を鳴かせたまま緩やかにエスコートしてくれる。
質問は山のようにあるけれど桃が一番に訊きたいのは


日番谷君、どうしてまだ手を握ってるの?
















繋いだ手はそのままに。







*雛森さんを意識し過ぎてうまく話せなくなった日番谷君です。
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