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□350000h感謝小話「drive of the night」
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ここ一年、俺は気だるい毎日を過ごしてきた。毎日が後悔の嵐だった。
どうして何もことを起こさなかったんだろう。
教室で毎日顔を合わせてくだらない会話をして、笑って、喧嘩して。卒業しても雛森とは変わらないと思っていた。会いたければ連絡をとればいいし家も近いから道でばったりなんてこともあるだろう。そう油断していた。卒業式の日までは。




冬の終わり、一際冷え込んだ3月1日。式が終わり校舎から吐き出された卒業生達は正門前で騒いでいた。別れを惜しむ者や開放感に伸びる者、早々に羽目を外す者に後輩から花を貰う者。特に部活もしていなかった俺は友達と記念写真を撮り、阿散井達とこの後の打ち上げの約束をして帰ろうとした。その時、視界の隅に一つの光景が映った。背の低いお団子頭は彼女しかいない。喧騒から外れた校舎の壁に隠れるようにして雛森が誰かと話していた。
背の高い、真面目で人が良さそうな男だった。こちらに背を向けていたから雛森の表情は分からない。彼女は友達の多いやつだから歩く先々で声をかけられていて、その度に立ち止まっては話しこむからなかなか帰れない。俺が一言「帰るぞ」と言えば走って来てくれたのかもしれないが、その日は卒業式、最後の別れに水を挿す気にはならなかった。
だからその時も特に気にしなかった。雛森は男女も年上年下も関係なくほんとに友達が多かったから。
でもその1ヶ月後だ。卒業後最初の集まりで女達が盛り上がってる声が俺の方にまで飛んできた。
雛森が男と付き合いだしたと。
仲良く街を歩いていたと。
騒ぎたてる女達の中で赤くなりながらも否定しない彼女。茫然と見つめる俺と目があうとはにかむように笑顔を見せた。


その瞬間、世界が動かなくなった。
卒業式に見た雛森と男が蘇る。

あいつとか?

顔も朧げな男に腹の奥から沸き上がるものを感じた。あいつが雛森の何を知っているというんだ。そんな憤懣が溢れだす。御互いの家を行き来して、食の好みも熟知して、あいつの嵌まっているものも朝何時に起きるのかも、休みの日の過ごし方も苦手なものも泣き出す前触れも何もかも知っているのに手を握るのはあいつなのか?もうあいつのものになったのか?
腹から胸へ、猛然と沸き上がる感情の名前は直ぐにわかった。どうにも抑えきれない気持ちは切欠さえあれば噴出してしまいそうだった。








本当に俺は鈍いやつだ。雛森のことを笑えない。失恋して初めて好きだったと分かるなんておめでたすぎて涙も出ない。ずっと幼馴染みでいることに安心していたのか?何を勘違いしていたんだろう。雛森と一緒に歩いていけるのは幼馴染みではなくパートナーだ。彼女の隣りにあった空席をみすみす逃した俺が馬鹿なのだ。
なんの危機感も持たずに18年間過ごした自分が嫌になる。







俺は気持ちを振り切るようにグラスを煽った。店の壁時計はまもなく10時をさすところ。今回の幹事が立ち上がると皆に向かって声を張り上げた。


「そろそろ時間だ。みんな、一旦御開きにするぞ。まだいけるやつは二件目いくぞー。」


幹事が告げるとまだまだ騒ぎたいやつらは「おー!」と返した。勿論明日の予定が早い者は帰宅の準備に取りかかる。俺は財布を出しながら雛森を見た。スマホをいじって何やら調べている様子は帰りの足を調べているのか?電車かバスか、最終まではまだ時間がある。今ならアクセスに困ることはないだろう、でも。
反射的に声が出た。



「雛森、帰るなら送ってってやるぞ。」
「え?」
「同じ方向だろ?車で来てるから送ってやる。」


今日、俺は母親の車を借りて来た。アルコールも一切飲んでない。

スマホから顔をあげた雛森が、予想外だったのか驚いた顔をした。頷け、と心の中で一点集中の念を送る。俺の中の想いはまだまだ色褪せていない。こんなにも諦めの悪い男だったかと思い知る。
もう少し同じ時間を共有したい。そう願うくらい罪にはならないだろう。
できれば二人きりの時間を。そう願うのも罪じゃない?







俺が車のキーを翳すと彼女は顔を綻ばせた。




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