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□新しい家族
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丸い瞳が赤子から離れない。初めて会った妹というよりも、生まれたての生き物が珍しいのかもしれない。息子の反応に夫婦で微笑んだ。直ぐには兄妹の実感など湧かないだろう。
「どうした?あんまり小さいから驚いたか?」
そう思って冬獅郎が後ろから長男の肩を掴めば、彼は父親の言葉が聞こえてないかのように呟いた。ポツリと。蟻の巣でも見るような目で。
「この子も黒い髪なんだね…。」
真っ直ぐな瞳が真っ直ぐな事実を言い渡す。冬獅郎も桃も一瞬言葉を紡げなかった。さっきとは違う意味で夫婦の視線がぶつかった。
冬獅郎が幼い頃、潤林安では銀髪を持つのは冬獅郎だけだった。瀞霊廷に来て護廷隊に入ってからは浮竹や虎徹など銀髪のもの者をちらほら見かけるようになったが幼い頃は冬獅郎だけだった。
圧倒的少数。外見が他と違うだけで周囲の人間は冬獅郎を避け存在を忌み嫌った。その辛い過去は今も冬獅郎と桃の古い記憶の傷となっている。
幸いにも長男の周りは理解ある者に恵まれ、また昔とは時代が変わったおかげでそのような憂い事はないが、それでも時折言われるのだ。子供同士の遊びの中で。行きずりの大人達に。
冬獅郎が息子の頭をくしゃりとやる。自分と同じ髪色を。
親が庇いきれない現実は長男が受けとめていくしかないのだけれど、もしかしたらこの子はほんの少し期待していたのかもしれない。自分と同じ銀髪碧眼が増えるのを。それは家族が増えるという喜びではなく同朋ができるという希望だったのかもしれない。
「……髪の色は違うけど鼻の形や口元はお前とよく似てるぞ?」
「そぅかな?」
「ああ、今はわかりにくいけどもう少し大きくなったらきっともっと似てくるよ。」
「ふうん。」
息子の肩を抱きながら言えば彼は妹から目を離さずに返事した。親の心情とは違い、子供はもっと冷静な目で家族を見るのだろうか。果たしてこんな言葉で納得したのか冬獅郎が様子を伺っていると桃の手が息子の頬に伸びた。
「銀髪が良かった?」
「うん。」
素直に返ってきた返事に桃は穏やかに微笑んだ。
「だってそしたら仲間が増えるもん。」
やはりという気持ちが冬獅郎の中に広がる。
まだ片手にも満たない年なのにもうこの子は数の利を知っている。
「鼻なんかいいから髪の毛が似てるのがいい。おめめでもいいよ。」
今度こそはっきりと言った息子に冬獅郎が口を開くが返される言葉が予想できて何も言えなかった。たぶん、その返事の返事にありきたりなことしか自分は言えない。
桃はまだ頬を撫でていた。
「髪の色は違ったけれど、きっと似てるところは沢山あるよ。でもこの子はお母さんに似て黒髪だからあなたの銀髪も緑の目もきっと羨ましがるでしょうね。」
「…そうかな?」
「きっとね。だってお母さんはお父さんの髪も目も綺麗で羨ましかったもの。だから大切にしてね、お父さんとあなたしか持ってない貴重なものなんだから。」
「……うん。」
柔らかい頬を包みながら桃は言った。大好きな母親に希少価値を与えられて長男ははにかむように身体を揺すった。くすぐったいのか首をすくめながら笑う仕草が可愛くて、桃の手が頬から離れない。
ホッとした冬獅郎に既視感が生まれる。でもそれは錯覚なんかじゃない。遠い昔、桃は今と同じようなことを冬獅郎に言ってくれた。まだまだ世間の目が冷たい中で、彼女ははっきりと冬獅郎の存在を認めてくれたのだ。周りから浮いている、この髪と瞳を綺麗だと言って褒めてくれた。だから逆に自慢しろと年上ぶって。
「桃。」
「なに…ん、」
妻の肩を抱いて唇を重ねる。愛しい気持ちに感謝の意味もこめて熱を贈る。きっとこれからも冬獅郎は妻に救われるのだ。何度も何度も救われる。
「なにしてんの?」
重なった両親に息子が下から覗きにくるが簡単に理由など説明できるはずもなく。
「いや、なんか、お母さんありがとうと思って。」
「……ほんと何言ってんのシロちゃん。」
照れながら誤魔化した冬獅郎に桃が苦笑する。このキスの意味を妻は何となく察してくれたはず。
「あっ!おめめ開いた!」
目配せしあって笑う二人に長男の声が重なる。
細く開いた目から翡翠色の宝石が見えた。