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□400000h感謝小話「鍵は返す」
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季節外れの台風なんじゃないかというくらい風がキツい。昼間のお天気お兄さんは今夜から明日の未明にかけて雨になると言っていた。春の嵐なんだろうか?それとも早く家に帰れと神様が急かしているんだろうか。
冬獅郎は自宅マンションの前まで来ると立ち止まり上を見上げた。七階建ての六階、非常用の螺旋階段に一番近い左端の部屋が冬獅郎の部屋だ。いつもは真っ暗なその部屋に今日はオレンジの灯りが点いている。中に誰がいるかなんて考える必要もなく冬獅郎は胸の真ん中を熱くした。
カーテン引いとけっての。
そんな文句を呟いてもついつい顔がにやけてしまう。
いくら六階といえど無防備な姿で家の中にいるのを誰かに見られたらどうすんだ。六階だからそうそう覗かれたりはしないけど油断は禁物だ。ほら言わんこっちゃない、窓に揺れる影が映った。頼むから窓際に近づかないでくれ。これは早急に注意しないといけないな。
ニヤニヤニヤニヤ、頭が痛いふりをしても文句を垂れても口端が上がってしまう。彼女が部屋に来てくれたことがたまらなく嬉しいんだからしょうがない。
冬獅郎は上着の右ポケットからスマホを取り出し桃へと発信した。


『日番谷君?』
『おう、今から帰る。』
『わかった、気をつけて帰ってきてね。』
『おー。』


終了。
新婚っぽくないか?照れ臭くてぶっきらぼうになったけど新婚っぽくない?
冬獅郎は口許を隠しながらスマホをポケットにしまった。







今日の昼間、会社の階段で昼休憩に行く桃と出くわした。二ヶ月前からつきあいだした冬獅郎の恋人だ。冬獅郎にしては初めて自分から攻めて攻めて攻めまくって得た恋人だったりする。


同期な二人は同じ会社で働いているけれど部署が違えば会うことは殆どなかった。付き合い始めたからこそマメに連絡を取り積極的に会うが恋人でなければ稀に通路ですれ違う程度で、それさえも月に一回あるかないか。もし冬獅郎が何のアクションも起こさずにただ想いを募らせているだけだったなら、きっと桃は冬獅郎の顔も名前も忘れてしまっただろう。それが嫌で柄にもなく口説きまくった。女を口説くなんて人生初体験だったが覚悟を決めて誘ったのだ。人当たりが良くて鈍い桃はなかなか冬獅郎の気持ちを恋愛に結びつけてはくれなかったがへこたれなかった。折れそうになる自分を叱咤激励して頑張った。だって冬獅郎は初めて会った日から桃が気になって気になって、いつしか気がつけば朝も夜も彼女を思うほどなのだから諦められるわけがない。絶対ただの顔見知りで終わりたくなかった。


というわけで、ただの同期入社という縁だけを手繰りに手繰って冬獅郎は桃を手に入れた。
冬獅郎の涙ぐましい努力の賜物だ。
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