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□310000h感謝小話「FOCUS」
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focus
*日雛パロ
俺の爺さんはカメラが趣味だったそうで週末ごとに被写体を求め、山へ行ったり川へ行ったりしていたらしい。
祖母の膝の上、大切に置かれたアルバムにはそんな祖父の記憶が詰まっていた。ペラリと捲ると確かに自然の風景が多い。野鳥や草花、昔住んでいたという古い家、そこで飼ってた亀なんてものも写っていた。手当たり次第な感がないでもないがきっとこれらには祖父の心を動かす何かがあったのだろう。懐かしい目をして愛おしそうにアルバムを撫でる祖母はとても幸せそうだった。
「シロちゃん、あっちにも行ってみようよ。」
タッと駆け出した桃が先を指す。振り向き様の笑顔はかっこうのシャッターチャンスだ。すかさずシャッターボタンを押した俺を見てファインダー内の被写体は頬を膨らませた。
「もう、あたしはいいからこの景色を撮れば?」
彼女が目で促したのは背後に広がる高台からの絶景。確かにな、と御愛想の一枚をパシャリと撮って俺はまた桃に向き直った。
「この景色は今日だけなんだよ?あたしなんか撮ってる場合じゃないよシロちゃん。」
「なるほど。」
「…………聞き流したわね?」
車を三時間余り走らせて、やって来たのは海の見える高台。滅多に来ない景勝地だから桃が満喫しろという意味もわかるんだ。遥か遠くまで見える海原や長い弧を描く海岸線、蜜柑畑の緑も美しく、どれも俺達の日常には無いものばかり。でも、
「あ、もう、また撮った!」
少し眉をしかめた桃をしつこくキャッチしたら彼女は寄ってきて俺の肩を叩くふりをした。
「ばか、揺らすなよ。落とすだろ。」
「しょうもない写真ばっか撮ってるからでしょ!」
「その鬼のような顔も撮ってやる。」
「やだあ!ばかばか!」
怒った桃が顔を隠して逃げていった。この景色を見てないのはどっちだよ。俺は弾むように走っていく恋人に声をあげて笑う。滅多に見られない景色なんて後で見返す時に1枚あれば十分さ。それよりもくるくる変わる桃の顔は一瞬ごとに違うから、ずっとカメラを構えてなきゃいけなくて忙しい。
祖母が大切にしていた爺さんの写真にはどれもこれも一人の女性が写っていた。祖母だ。若い頃から晩年まで、爺さんは自分の妻と周りの景色を撮り続けた。
俺はメモリーを見て今日までのアルバムを確認した。うん、なかなか上手く撮れている。どの桃もフォーカスはばっちりだ。見事に桃で埋めつくされたメモリーに俺はついほくそ笑んだ。
「もしもし冬獅郎君?心のアルバムにあたしは溜まりましたか?」
再び寄って来た桃が脇からピョコンと顔を出す。
「あ?ああ、バッチリだ。」
今日一番に近づいた距離に顔を寄せると彼女は素早く俺の手からカメラを奪って飛び退いた。
「じゃあもうこれ要らないね。」
「あ、こら、」
やられた。
俺は慌てて恋人へと手を伸ばす。でも泥棒猫の逃げ足は速い。
「今日はもう撮影禁止ー。」
スカートを翻し戦利品を抱きしめて笑う。軽いステップに黒髪が上下する。
子供かお前は。
お転婆少女に戻った桃は簡単には捕まらない。くすくす笑って逃げ回る。俺も何だか可笑しくて。追いかけながら口惜しさ半分、笑っちまった。
ああ、また撮り逃した。
輝く瞬間は目に焼き付けて