ss3

□290000h感謝小話「それを人は相性という」
1ページ/1ページ













*王国パロ(乱菊語り)








「求めるのは価値観が同じ人間だ」とあたしが仕える王子は妃選びの選定条件にこう述べた。
王子の後ろで控えていたあたしは心の中で「はっ」と鼻で笑う。

王子の前に居並ぶ家臣達は戸惑ったように次期君主を見返した。
価値観などという漠然とした要望に選出役の家来は素直に「かしこまりました」とはいかず「具体的にはどういう…」と力の無い笑顔で質問を返した。


そりゃそうでしょうね。
見た目重視で妃を選ぶなら手っ取り早く美麗で有名な隣国の姫君を連れてくればいいし大国の姫を望むなら限られてくる。具体的な理想像を提示された方が物事は簡単に運ぶのだ。でも価値観って(笑)



そんなの王子の性格をよく知り、かつ相手の姫が同じ思考の持ち主かを見極めねばならない。数撃ちゃ当たるで適当な姫を連れてきてはこのへそ曲がり王子は怒るだろうし何より相手方に失礼極まる。苦しい笑顔を作って尋ねた妃候補の選出役人の質問に王子はこう答えた。


「例えば同じ花を見て俺が美しいと思えば相手も美しいと感じる。辛いことは供に辛いと言える。そんな妃を俺は望む。」



王子が示した具体例に役人はなるほどととりあえず手元の書付にメモったけれど王子が言っているのはほぼほぼ一人に絞られているというのを理解できたのかしら?
一般常識のある姫という意味じゃないのよ?顔が良くて性格が良くて頭もいい、なんて三拍子揃った完璧姫君なんか連れてきた日にゃ、この王子様は腰の剣を抜くこと間違いなし。明るくて可愛くてちょっと抜けてるけど最高に愛らしい、あの姫のことを暗に言ってるのよ解ってあげて。
煌びやかな宴よりも夜道の散歩が好き、そう言って王子とあの姫君は二人でよく舞踏会を抜け出した。東の庭園に植えられた白樺の木の下は二人のお気に入りの昼寝場所。甘いものが苦手な王子は彼女が作った菓子なら平らげる。そうしないと泣いちゃうからねあの子。


家臣のじいさん達は納得いったようないかないような複雑な顔して、それでも王子の言うことに頭を下げた。これ絶対理解してないし。
あたしは選定人って馬鹿じゃないかと笑えてくる。王子が誰のことを言っているのか少し考えれば簡単に検討がつくだろうに何故わからないのかしら?

恐らく彼らは相手国の勢力重視で妃を選んでくるだろう。いくら王子が要望を言ったって彼らが望み通りの姫をつれてくるわけがない。王子も王子よ、サッサと妃にしたい姫の名前を潔く出せばいいのに、このヘタレめ。あの可愛らしい果実の名前の従兄弟姫の名をバシッと言ってやればいい。こんなまどろっこしいことしないでさ。
後ろで遠慮のない溜め息をつけば王子があたしを睨んできた。は?なんですか?ヘタレ野郎に睨まれても怖くないんですが?



「松本、何か言いたいことがありそうだな?」


王子がぼそぼそとあたしだけに言う。
前方に並んだじいさん達はひそひそと何やら相談中。どこそこに年頃の姫がいるとかそんな会話が早くも聞こえてまったく王子の真意が伝わっていない。ほらね、だから王子様、はっきり言わなくちゃこのじいさん達には永遠に伝わりませんて。


まぁ、本人の口から言えるわけないか。


勿論、王子にも家臣達のそんなピンボケな会話は筒抜けだろう。あたしは仕方なく大きく息を吸いこんで彼の期待に応えてあげた。



「いえ、ただ王子の条件に見合う姫君で私が思い当たるのはただお一人、桃姫しか浮かびませんが。」



お腹に力を入れて広間いっぱいに響き渡らせるボリュームで言ってやった。家臣達は一瞬、きょとんと押し黙り静寂が場を支配する。あたしは側近として素直に王子の質問に答えただけと、澄ました顔で前を向けば真っ赤に染まったひねくれ坊主と目があった。
耳まで赤くなった王子はばばっと慌てたように前を向いて俯く。あたしは無表情なまま彼の背後に控え続けた。




国を思えば従兄弟姫ではなく他国の姫を娶った方が国益に繋がるだろう。そんなこと王子が一番理解している。それでも、この少年は彼女を諦めきれぬほど好きなのだ。
彼が欲するのは王位でもなければ財宝でもない。たった一つの可憐な花だけ。

あたしの発言に静まり返った家臣達。真っ赤に染まった次期王の顔を見てその静寂は更に続く。気持ちが露呈した王子はいつまでもいつまでも面を上げることは出来なくて。やがて静寂の波間から、最も長く王家に仕えてきた大臣が口を開いた。


「平和な国は王家から。さすれば…嘸かしこの国は幸せな国になりますな。」



そうして長く伸びた大臣自慢の髭を揺らし、面白そうに笑ってみせた。







王子、おめでとうございます。

 
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ