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□280000h感謝小話「合コンでなくスジコンで」
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桃が帰ってきたのは12時になる少し前だった。雛森家の玄関がガチャリと開いていつもより低いトーンで「ただいまー」となんだか気だるい。
そしてその聞こえた声に反応したのは桃の父親でも母親でもなく隣りに住む桃の幼なじみだった。
ペタペタリビングに向かってくる桃の足音を聞きながら冬獅郎が時計に目をやるとちょうど針は12時を指したところ。
桃には常日頃からくれぐれも午前様にはなるなと言っているからこれはギリギリセーフ。限りなくアウトに近いけれどギリでセーフだ。約束は守られているのだから文句は言えないが、こんなにギリギリセーフがイライラするもんだとは知らなかった。今度からは桃の門限は11時にしよう。
冬獅郎が青筋をこめかみに走らせながらそう決断した時、なにも知らない桃は自宅リビングのドアを開けて冬獅郎の姿を見ると「あれ?」と遅い時間まで我が家にいるお隣さんに驚きを隠さない。
「シロちゃん?こんな時間まで珍しいね、どうしたの?」
ぽやんと尋ねてきた桃はいつもと変わらぬ普段着。だが、ほんのりと薄化粧。こんな時間なのに唇もいつもよりツヤツヤピンクが持続中。
それを見た途端冬獅郎は眉間の皺をググッと深めた。
「お前いくらなんでも遅すぎないか?もう12時だぞ?」
「今12時になったんじゃない。それにシロちゃんとこの乱菊さんもいっしょに帰ってきたんだよ?一人で帰ってきたんじゃないから安心して。」
鞄をその辺の椅子に引っ掛けて桃は冷蔵庫からミネラルウォーターを出して美味しそうに飲んだ。
「あ?酒を飲んできたのか?」
「まぁ、合コンだったし…ビールくらい飲むよね。」
「合コン!?桃!そんな所へなんで行った!」
「声大きい……。」
「お前みたいな鈍臭い女が合コンなんかに言って何するんだよ?せいぜい引き立て役だろう?」
「むう!どうせあたしは美人じゃありませんよ。しょうがないでしょ、乱菊さんに頼まれて断れなかったんだから。」
姉貴のやつ……。
冬獅郎が密かに握り拳を作ったとは気づかずに桃は冷蔵庫から牛筋とこんにゃくの煮物を出して摘み食いだ。
「へへ、チンして食べちゃお。」
「…………それで初合コンはどうだったんだよ?」
「んー?よくわかんないや。」
「わからないって?」
浮かない顔して筋こんをつつく桃に冬獅郎がはてなマークを浮かべてしまう。
「乱菊さんはお互いによく知り合うための楽しい会だって言ってたけど、あたし今日のメンバーみんなよく知ってる人達ばかりでぶっちゃけ改めて知る必要もないな…って思ったの。教室で喋ってるのと変わりなかったし、なんかあたし場違いだったかも。」
それはあれだろ。日頃、水面下で交差している恋愛ベクトルを合コンの場を借りて浮き上がらせたいという冬獅郎の姉のセッティングだろう。たぶんそのメンバーの中には桃のことを狙っているやつも含まれていたに違いない。ちょっと冬獅郎が奥手だからと思ってあの姉は出し抜きやがった。弟よりも後輩の恋を応援すると言うのか?冬獅郎の桃への気持ちを知ってるくせに全く協力してくれないどころか足を引っ張るとは。身内の情けというものはないのだろうか?
「なんか疲れちゃったなぁ。」
「んな疲れる所へ無理に行くことねぇよ。」
「だよね。皆にも失礼だよね。あ、でも乱菊さんにまた声かけるからって言われたんだった。」
「姉貴には俺からうまいこと断っておいてやるよ。」
「ほんと?ありがとうシロちゃん!これいっしょに食べる?お母さんの筋こん美味しいよ?」
「お前はほんと、花より団子だな。」
「合コンより筋こんと言って。」
うまいこと落とせたところで桃と冬獅郎はあははと笑った。
*某新聞紙面にこんなタイトル記事があったので