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□嘘つきはだぁれ?
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*吉良






半分救済措置みたいなもんだと彼は言った。

その顔は誰が見たって締まりがなく、僕らは生ぬるい笑いを返すだけ。
まったく…そのにやけ面は勝者の笑みかい?
諦めたはずの僕は急にムカついてジョッキを煽った。隣りの阿散井君が心配そうにこっちを見たのがわかったけれど、これくらいは見逃してくれ。彼女を狙っていたのは彼だけじゃなかったんだぞ。僕だって第一印象から決めていたんだ。それを、それなのに、すべては会った最初の日に決まってしまった。あの時出遅れたのが僕の敗因だ。




「おい吉良、少しペースを落とせ。」


「なぜ?僕はまだまだ平気だよ。」


「けど…お前、目つきが変わってきてるぞ。」


「気のせいさ。」


不安げな阿散井君の視線を無視するように僕はなおもジョッキを煽った。少し離れた場所で日番谷君の笑い声がしてまた煽る。めったに笑わない彼の貴重な笑い声。今夜はそうとうご機嫌らしい。そりゃあそうか、可愛い恋人が嫁になったんだ、浮かれるなっていうほうが無理だ。僕ならきっと幸せすぎて笑い死んでる、ちくしょう。

僕が知るかぎり彼と彼女が知り合ったのは一年前。檜佐木さんセッティングの合コンで顔を合わせたのが最初だと記憶している。お目当ての女子大生との飲み会で檜佐木さんはかなり浮かれていた。彼女いない歴が長い僕らも多少、あくまでも多少だ、浮き足立っていたが、その中で一人、女寄せに使われた日番谷君だけが仏頂面で最初っから怒った顔をして座っていた。
とりあえず乾杯から始まって自己紹介を交えながらの雑談中、彼女は遅れて現れた。店の入り口でなかなか僕らを見つけられずにキョロキョロと店内を見回す彼女にお相手の女子大生の一人、姉御肌の松本さんが「雛森こっち」と声をかけてやっと彼女はこちらに気づいた。笑顔でやってきた彼女だけれど何も知らされていなかったのか、僕らの如何にも合コンな雰囲気に最初たじろいだようだった。僅かに足を竦ませた彼女に僕はサッと自分の隣りの席を用意したのは上出来だったと思う。うん、あそこまでは良かったんだ。
とてもこんな酒場で騒ぐようなタイプには見えない彼女はよく話しを聞くと案の定、女子会と思って来たらしい。心細い様子で僕にだけ「どうしよう」と呟く姿はとても可愛らしかった。
賑やかで雑然とした虫かごの中に蝶が舞い込んできたようだと言えば大袈裟だろうか。まさにビンゴ。僕のお相手は彼女だと思いこむのに一秒もいらなかった。
お持ち帰りなんて考えないけど彼女とは絶対これっきりにはしたくないと決意したんだ。それを…。





また向こうの方で日番谷君の笑い声がした。もう笑いがこみ上げて仕方ないって感じだね。あぁそりゃあそうだろうさ、君は見事にゴールを決めたんだ。よくも色々と僕らを出し抜いてくれたよね。

僕は空になったジョッキを掲げておかわりをたのんだ。


「おい〜…今日は絡むなよ?」


「誰が誰に絡むってんだよ?」


「………あの冬獅郎があんなに幸せそうにしてんだから、もう雛森のことは諦めて祝ってやれよ。」


「僕は始めから祝ってるさ。僕から奪った幸せに幸あれ!ってね。」


「………勘弁してやれって………冬獅郎の初恋らしいぞ、いっしょに喜んでやろうぜ。」


「は?誰の初恋?」


「いやだから冬獅郎の。あの二人、幼なじみだったって……偶然、再会したって言ってたぞ。」


「………そうなのかい?」


「らしい。冬獅郎って意外と純情乙女だよな。」



そう言って阿散井君は「ぷぷ」とおかしそうに笑った。僕はそれを聞いて複雑な心境だ。



日番谷君の初恋が雛森君?
あの誰にも本気にならない男の最初の恋が彼女なのか?

僕の中の日番谷君はいつもカッコ良くていつも完璧で、そしてつまらなさそうだった。

くそ、要らない情報を聞いてしまった。そんなの聞いたら彼を嫌いになれない……いや、本当は薄々気づいていたんだ。
雛森君と出会ってから彼は明らかに変わった。纏う空気が穏やかになった。人との関わりが下手で面倒事には近づかなかったのにさり気なく優しさを見せる。それに時々笑顔も漏れるようになった。
その全てが雛森君効果だとしたら……。
彼女との再会で彼の歯車は大きく変わったのだろう。それはもちろん良い方向に。


また日番谷君の声が聞こえた。嬉しくって仕方ないんだね。解るよ、バレバレさ。僕も君の立場ならきっとそうなるから解るんだ。
だから妙な男の見栄なんか張るのはやめなよ。









救済されたのは君だろう?





 
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