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□お役目の話
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*五番隊隊長
「誰からの電話や?」
机の上を片付けている桃に尋ねたら、戸惑いの表情を浮かべたまま乱菊からやと答えた。なら、端々に聞こえた会話から桃が彼女に誘われたらしいことは容易に解る。「今からですか?」「ちょっと仕事中でして」「遅くなりそう」等の桃の言葉で大凡仕事とは関係の無い誘いだと十分わかった。最後の「行けたら行きます」の締めくくりで伝令神機から耳を離した桃は俺と目が合うと曖昧な苦笑い。通話相手を聞いて九割方悟ってしまった。
「こんな時間に乱菊は何を言うてきたんや?」
「えっ……と、その、今から飲みに来ないか…と。」
「ええやんけ、行ってこいや。」
「でもまだ仕事がありますし。」
「明日に置いとこ。無理に今日中にすることもないやろ。」
「明日は明日でまた新しい物が回ってくるんですよ。雑用はなるべく溜めないようにしないと急な出動があれば忽ち溜まります。」
「せやなぁ…。」
できた上司ならここで「後は僕がやっておくから雛森君行ってきなさい」とか言うんやろう。
そんでできた眼鏡上司は「たまには息抜きも必要だよ。これは上司命令だ」なんか言うて気持ち悪い笑顔を見せたりするんやろうな。けど、あいにく俺はそんな柄やないし第一、人の分の仕事なんか引き受けたない。もうええかげん帰りたてソワソワしとったら桃に怒られたくらいや。
「ほな行かへんのか。」
「はい、これだけはやっておかないと。乱菊さんにはちゃんと行けたらと言っておきましたから大丈夫です。」
「なんや面白ない。俺が代わりに行っといたろか?」
「あ、そういえば、よければ隊長も御一緒にって仰られてました。」
「それを早よう言わんかい。」
「まぁ…たぶん行けないと思ったので伝えるまでもないかと…。」
「悪意!それって悪意やで!なんでお前判断で決めてんねん!」
「何か文句でも?」
「うっ…。」
俺が猛然と反抗したら桃の笑顔にスッと黒い影が差した。最近のこいつは俺を一瞬怯ませるこういう技を身につけよったから質が悪い。五番隊に数多く潜んでいる桃の信者達にこの顔を見せてやりたいわ。
「桃…お前最近顔が怖いで。」
「平子隊長相手だとこうなるんです。他の人なら普通の私ですから心配ご無用です。それより後一時間でここまで終わらせましょう。隊長ファイト。」
何がファイトやねん!
しれっとした顔で言い捨てて桃は自分の席に座って筆を持った。その顔にさっきの黒い影は無い。俺は「くそぉ」と歯噛みする。
机の上にはまだ未決済の紙の束。これ全部を終わらせるとなると終わるんは真夜中か?考えただけで身震いがした。斜め前を見たら桃が真面目な顔で手を動かしとる。俺はとても今から仕事をする気になれそうになく黙って頬杖ついてお茶を飲む。口の中に流れてきたお茶みたいに温い抵抗しかできひん自分が情けななってきた。
時計を見たらもう結構ええ時間になっとるやんか。これはもう仕事より部下の健康を考えて責任者として終了を言い渡してもええ気がしてきた。仕事が溜まるんなんか今日に限ったことやないんやし、こんな時間まで十分働いたんや。せっかく乱菊が誘ってくれたんやさかいに参加せなな。
そこで俺は少し引っかかった。
「なぁ、その店にあの十番隊のガキも来てんのか?」
「日番谷君ですか?確か来てるみたいなことを仰られてましたが…。」
これは…アレやな…わざわざガキの名前を出したんは俺も少しは気ぃ回せっちゅうことやな。桃宛てに電話をかけて、ついでのように俺も誘って、あのガキの相手をこいつにさせようってか?桃の性格から言うて俺より早よう帰るとは言わへんし、ならいっしょに仕事を止めて出た方が気持ちええ。
あー…、とテンションの下がった俺を見て、桃が仕方なさげに溜め息ついた。
「しょうがないですね、隊長行ってきてもいいですよ。」
「阿呆!それやったら意味無いんじゃ!」
「ふわ!?」
いきなり怒鳴られた桃が驚いとる。けど直ぐに復活して「なんなんですか」と非難の目つき。
乱菊のお節介め。俺こういうん苦手やねん。
けど、行かんかったら後で何か言われそうな気がするし…。
俺は盛り下がった気分で筆をしまった。
「桃、もう今日は終いやで。」
「隊長、だから…、」
「行、く、ん、や。」
いつになく低い声が出てしもた。
付属品の俺が行ってこいつが行かんかったら十番隊から総スカンくらうんは俺やんけ。
俺は問答無用の凄みを出して、桃の反論をねじ伏せた。