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□お役目の話
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*十番隊隊長








酒は飲めるが好きというわけじゃない。だから仕事帰りに一杯、なんて寄り道はしないし部屋飲みもしない。元々それほど好きでないのだから1人で飲んでも何も楽しくない。


煩い酒場も好んで来たい場所じゃない。時々、部下が誘ってくるから親睦を深めるため最小限に付き合うが、こいつらが俺の財布をアテにしていることは明白だ。出なければ職場を離れてまで上司の顔を見たいものか。


「たいちょお〜、ほらほら大人しくしてたら、あいつらに全部持ってかれちゃいますよぉ。あ、それとももっと上等なのを頼みます?」


銚子を片手に松本が機嫌よくやってきた。俺が焼き魚をおかずに飯を食っているのを見ると眉を寄せて非難がましい目を向ける。


「うるせぇ、俺は腹が減ってるんだ。」


「んもぅ、空腹はアルコールで満たしましょうよ、せっかく皆盛り上がってんのに1人こんな隅っこで。まるでいじけてる子供みたいですよ?」


「ほっとけ!てめぇらが騒ぎたいからって俺まで巻き込むな!」


俺は本当は早く帰って寝たかったんだ!昨日もその前もサボリがちな、どっかの副官のせいで夜中まで残業だったからな!それをプチ打ち上げだなんだと理由をつけて無理やり引っ張って来やがって…。


ここに来るまでの経緯を思い出して俺は箸を握ってプルプルした。しかし言いたいことを言い出したらきりがないから一言だけで止めておく。せめて俺が今ここにいるのは不本意だと叫んでおかないと。


「わっ、米粒飛ばさないでくださいよ!はぁ……やっぱり今からでも雛森を呼ぶべきかしら…。」


松本が大袈裟に溜め息をついて頬に手をあてた。部下の口から零れた幼なじみの名前に意表をつかれ、俺の威勢は若干落ちる。あいつの名前とともにふわふわ笑う気の抜ける笑顔が頭の中にポンと浮かび、脳内春色。想像しただけで勢いを削いでしまうって我が幼馴染みながら天晴れなやつ。



「なぜ雛森の名前が出る……?」


「あの子がいないと隊長が寂しそうで。」


「誰が寂しがるか!ガキ扱いもいいかげんにしろ!あいつの世話になるなんてまっぴらごめんだ!」


「いえ、むしろその逆です。御世話する相手がいないと隊長が手持ち無沙汰かな、と思いまして。」


「俺はあいつの保護者じゃ…。」


「ねぇ」と言いかけて考えた。


確かにあいつがこういう場所にいる時の俺は忙しい。酔いが回った雛森は楽しくなってけらけら笑うのはいいけれど、自分の限界が判っていないから俺はずっと雛森を監視する。あいつの高笑いが聞こえたら完全に酔っ払った合図で、そこから俺はなるべく早く切り上げるタイミングを考え始めるのだ。退き際の計算をしながら飲んでも当然酔いは回らない。あれこれ気を巡らすから雛森がいると確かに時間が経つのは早く感じる。


だからって恋しがってるわけじゃねぇぞ。部下達と飲むのが退屈だとも思っていない。



「さっきからつまらない、って顔に書いてありますよ。」


「明らかな嘘をつくな。」


俺をからかう松本を睨んでみたが、さっきより、一層俺の勢いは弱まった気がした。


雛森がいないとつまらない?

そんなことは無いさ。あいつがいなけりゃハラハラしなくて済むし馬鹿な言動に怒鳴らなくていい。散々迷惑をかけられた挙げ句に雛森をおぶって帰るというオプションも免れる。ゆっくり食事が楽しめて良いことばっかなんだ。



「あ、雛森ぃ?あのねぇ、あたし達今いつもの店で一杯やってんだけどあんたも来ない?え?まだ仕事中?じゃあそれが終わってからでもいいからさ。隊長が寂しがってるからちょっと相手してあげてよ。」


「おい!違うだろ!」



俺の声に全く聞く耳を持たずに松本は伝令神機で喋り続ける。
やめろ、俺は子供じゃないって言ってるだろ。雛森に来てもらわなくても十分楽しめるんだ。





そう反抗しようと思うのに、なぜか俺の身体は動かなかった。





 
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