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□2013.1217days「あったか記念日」
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*「巻き巻き彼女」第三者視点
















「おはよう」「おはよう」と学校が近づくにつれて、出会う知り合いの数が増えていく。


クラスのやつや部活のやつら。どいつもこいつも今朝の寒さに首を縮こめて、マフラーやネックウォーマーの向こう側からくぐもった声での挨拶だ。

薄灰色の空を見上げて、雪が降るかもな、と隣りの冬獅郎に言ったら、あぁ、と短い返事が返ってきた。冬獅郎相手に弾む話は期待してない。こいつが口数少なくて愛想が悪いなんてことは長いつきあいだから知っている。だから返事があっただけでも善い方なんだ。


俺と冬獅郎が歩いていたら反対の道からマネージャーの桃もやってきた。我がサッカー部の営業担当だけあって、桃はあちらこちらに笑顔つきの挨拶か。俺はその絶好調な笑顔を振りまく桃に来年の部員勧誘も楽勝だな、と呟いた。もちろん冬獅郎からの返事は無い。でも気にしない。
やがて出くわした俺達は同じ挨拶を交わし、なんとなくいっしょに歩く。

今日の一限目は数学の小テストだよと話す桃の鼻は赤い。吐く息は白い。制服のブレザーの下にセーターは着ているみたいだけどコートも着ていないし手袋も無い。お前どんだけ風の子だよ寒くないのか、と問えば寝坊して忘れちゃったと誤魔化すように笑った。俺が呆れると、でも走って来たから全然寒くないんだよと慌てて付け足す。呆れるなってほうが無理だろう。今日は一日中寒いんだぞ、ずっと走ってる気かよ、とつっこめば、あたしは元気が有り余ってるからいいんですぅと語尾を上げて言い返す。彼女は意外と負けず嫌いだ。

意地っ張りな桃のスカートを北風がピュウと揺らす。ふっくらほっぺたにも鳥肌が立っている。
俺なら素直に寒いと叫ぶのに桃はそれを敗北と感じるのか、ただ悲鳴をあげるだけ。


すると、それまでずっと黙っていた冬獅郎が徐に首に巻いていた紺色マフラーを外した。自分とあまり身長の変わらない桃の首にそれをふわりと引っ掛けると、そのままグルグル巻いてしまう。保護者のようなその態度に、俺も桃もポカンとした。


冬獅郎のマフラーはとても長くて、桃の首どころか口も鼻も覆えるほど巻ける巻ける。巻きながら、それまで黙っていた冬獅郎はブツブツ文句を桃に言い始めた。


まったくお前は救いようのない馬鹿だな。んなとこで強がってどうすんだよ。どうせ遅くまで井上達と喋ってたんだろ。馬鹿は風邪をひかないって言うけどあれは嘘なんだぜ。お前みたいな馬鹿は呆れるほど何回も風邪をひいて、ひいてることに気づかないまま周りに染しまくるんだ。自分が染したくせにどうしたの?大丈夫?とか言うやつだお前は。迷惑だからこれでも巻いてろ。馬鹿のやせ我慢って本当に迷惑なんだからな。

不機嫌面の冬獅郎にグルグル巻きにされた桃はフガフガしてて言い返す隙が無い。それでも、ぷは、と顔を出した彼女は反論の一つもしようとしたのか口を開いたのだけれど、一ミリの抵抗をも許さないような冬獅郎の睨みをくらって一音も発することなく、またマフラーの渦に顔を埋めた。後から聞こえたのは、どこか遠くで子猫が鳴いてるような「ありがとう」

そんな桃の耳が赤いのは寒い中を走ってきたから?違うよな?でもまぁ、そういうことにしとこうか。
じゃあ、冬獅郎の耳が赤いのはなぜなんだろう?ってわかっているけどさ。
柄にもなく女にマフラーを巻いてやるから額に汗なんかかくんだぜ。


最後に冬獅郎は、これもしとけと黒の手袋を桃に投げたけれど、彼女は悪いからと突き返した。意地っ張りと頑固者の押し問答は結局互いに一つずつ使うことで納まった。冬獅郎の右手と桃の左手に揃いの黒い手袋が不自然にさりげなさを強調している。


さっきまで饒舌だった桃が黙りこくり、このド寒い中、冬獅郎は妙な汗をかいている。




あ、もしかして俺ってお邪魔虫?




 
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