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□11月22日
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へぇ…、と桃は八百屋の前に張り出されたチラシを見て足を止めた。

11月22日はいい夫婦の日らしい。昔はこんなの聞いたことがなかったから、また現世の流行りが一つ取り入れられたのか。














幼なじみの冬獅郎と結婚してもうすぐ一年になる。

冬獅郎は桃に結婚しても死神の仕事を続けていいと言ってくれたけど桃は家庭に入ることを選んだ。名残惜しい気持ちがまったくなかったとは言えないが、仕事で疲れて帰ってくる冬獅郎に暖かな家を用意してあげたかった。それに桃が辞めると決めた時、冬獅郎は僅かに安堵した表情をしたのだ。桃を大切にしてくれる冬獅郎のことだから、たぶん危険な死神の仕事なんかさせたくなかったのだろう。でも桃の身体を気遣うのと同じくらい桃の気持ちも大切にしてくれる彼だから、それも言い出せなかったに違いない。
だから桃はこの選択は間違ってなかったと思っている。冬獅郎の留守を守り、彼が安らげる家庭を作ることを生きがいにしている。副隊長までなったのにと惜しんでくれた人達もいたけれど、桃は今とても充実した日々を過ごしているのだ。だからこれで良かったと思っている。




そんな桃が夕飯の買い出しに買い物籠を下げて来たのだけれど、今夜のメニューがまだ決まらない。お給料日までもう少し、節約メニューを考えるのは桃の主婦としての腕の見せどころだ。今夜はそんな贅沢な料理は考えていなかったのだが。


「いい夫婦の日かぁ…。」


そんな風に煽られたら何か特別な日に感じるじゃないか。外で頑張っている旦那様には悪いが今夜は質素な食卓にしようと思っていたのに。


「うーん…どうしよう。」


店先で悩んでいたら中から店の主人が現れて、


「奥さん、今日は大根がお買い得だよ!」


なんて言う。顔を上げた桃に形のいい大根を見せ、


「鰤大根なんか美味しいよ、おでんにも欠かせないね!」


親指で隣りの魚屋を指して威勢のいい主人が今夜の食卓提案をしてくれる。


鰤大根かぁ、そういや最近食べてない。ちらりと魚屋を見ればすかさずそちらの主人が「刺身はどうだい」と桃に声をかけてきた。刺身があればかなり豪華な夕飯に見えるだろう。お給料日前の節約メニューを考えていたが変更だ。なんたって今日はいい夫婦の日ですから。いつもは晩酌をしない旦那様と今夜は二人、差しつ差されつするのもいい。そうだ晩酌と言えば乱菊にもらったワインがあった。現世で解禁になったと、いち早く檜佐木に買いに行かせた彼女が桃達にもくれたのだ。




「あ、でも鰤大根にワインってあうかな…。」



結婚して一年足らず、新米奥さまは「うーん」と頭を悩ませた。
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