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□240000h感謝小話「そっちのけのナイトショー」
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そんな冬獅郎の胸の内など、やっぱりやっぱり知らない桃はパタパタ元気に動いていたが、不意に揺れていた黒髪がピタリと止まる。
「そこに入りたいのか?」
「あ、う…ん、でも……。」
冬獅郎の元から離れ、目指すアトラクションの偵察に行った桃が建物の前で突っ立っている。動かなくなった後ろ姿に追いついた冬獅郎が声をかければいやに歯切れの悪い返事だ。
「なんだ空いてるじゃないか。入ろうぜ。」
「あぁ!あの…!」
「ん?なに?」
「ええと…やっぱり入る?」
歩を進める冬獅郎の服をつん、と引っ張って桃が不安気に上目使いをした。どこもかしこも長い行列を作っているが、このアトラクションは今大勢の客を入場させたばかりなのか数人が待っているだけなのだ。待ち時間は短い方がいいにこしたことはない。列の最後尾にサッサと並ぼうとした冬獅郎はストップをかけられて振り向いたのだが、思いの外、桃との距離は近くて。
小首を傾げて上目使い、吸いこまれそうな瞳と形のいい唇。思わず奮いつきたくなるのをぐっと我慢して冬獅郎が立ち止まれば、桃は先の建物を指差した。
「ほら、今だけハロウィンバージョンに変わってる…。」
「あ?……ほんとだ。」
いつもならティラノザウルスが映しだされている巨大モニターに今は黒い髪で顔を隠した不気味な女が映っていた。それはアトラクション正面で立つ冬獅郎と桃に向かって真っ直ぐ手を伸ばしてて、冬獅郎が桃をチラリと見やると彼女は鞄の紐をキツくキツく握り、今にも逃げ出しそうだ。
「ティラノの代わりに貞子って…。」
「ホラーナイトだからだろ。」
「でもでも!ジョーズの代わりもターミネーターの代わりも貞子っていかがなもんでしょうか!」
「んなこと俺に言うなよ。」
「ふぇぇぇん!」
喚く桃に冬獅郎はふぅ、と溜め息をついた。
もちろん嘘泣きだろうけど嘆いているのは確かだ。わかっていたことだけど殆どのアトラクションがホラーづくしで彼女はお手上げなのだろう。
でも困り果てている桃には悪いがこんな彼女も可愛い。自分でも馬鹿だろ、と思うくらい可愛く見える。
「日番谷くぅん……。」
怖がりな恋人は冬獅郎の服の裾を握って潤んだ瞳で見上げてくる。なにやら懇願の目を向ける桃だけど、誘っているのかと問いたいくらい心は乱されて、冬獅郎は伸びそうになる手を今一度グッと握り、今日何回目かの我慢をした。
「………なに?」
このやろう!桃、てめぇ…!
堪えろ俺!日番谷冬獅郎は強い子です!こんな公衆の面前で野獣と化すわけにはいかないのだ!
固く握った拳に桃への欲望を抑えこみ、冬獅郎は平静を装った。
「……あのね……もう…帰ろ?」
言って、うるると潤いを増した瞳にくらりと眩暈が。なんなんだよもう、と泣きたくなる。
冬獅郎に摺りよるように一歩近づいた彼女は襲ってくださいと言わんばかりの距離。吸いこまれそうな瞳の力に、「お願い」を「お誘い」と間違えるくらい惹きつけられて、気がつけば殆ど無意識に桃の背中をに手をやり、引き寄せていた。