ss3

□240000h感謝小話「そっちのけのナイトショー」
2ページ/4ページ








「日番谷君〜?人が本気で怖がっているのに笑うってどういうこと〜?」
「だってお前、これそんなに怖いか?中は普通に生身の人間だぜ?」
「そう考えると怖くないかも…。」
「だろ?どうせバイトがやってんだぜ。」
「そっか、なんか冷めちゃ……やだぁー!来たー!」


近づいてくる死人に桃がまた強く冬獅郎に縋りついた。
誰が冷めるって?
そのびくびくする様子にやはり冬獅郎の口角はあがってしまう。冬獅郎の左腕全体を身体中で抱きしめているような桃の体勢に鼓動は速まる一方だ。
今まで桃の手の温かみしか知らなかったのに今日は色々と知ってしまった。
やっぱり桃は柔らかい。ヤバい、にやける。
押しつけられた胸も、腕を掴む手も、みんな丸くて柔らかい。灯りが落ちてからずっと彼女に貸し出し中の腕は、もうずいぶん体温で温められた気がする。パークの中は冷たい風が足元を通り抜けていくし世間は木枯らし一番が吹きそうだと言っているけれど、桃に囲われた冬獅郎の左腕はポカポカで、身体の芯までも温かくなっていく。触れている部分が腕だけなんて物足りないと思えば思うほど温度は加算されて、どんどん上がっていくようだ。


もっと熱くしてほしい。
今はまだそんなことを言うとゾンビ以上に怖がられそうで言えないけれど、いつか、と思う。


目尻が下がって頬も緩んで、普段の冬獅郎を知る人間が見たら、その締まりのない顔に目を剥くだろう。ぎゅうぎゅうくっついてくる恋人に、鼻の下が伸びっぱなしの冬獅郎だなんてありえないと。




けれどそんな冬獅郎の表情がピタリと止んだ。園内アナウンスが流れたのだ。


「あっ、ご、ごめんね、あたしったらずっと日番谷君にしがみつきっぱなしで…。」


ホラーナイト一色のパークに流れたのはナイトアトラクションの紹介で、今までのBGMとは色の違う音声に、桃ははっと覚醒したかのように冬獅郎の腕を放した。怯えまくりなそれまでの自分が恥ずかかったのか、腕から離れた桃は「えへへ」と照れくさそうに笑いながら、意味もなく前髪を弄る。そんな仕草も可愛くて、今すぐどうにかしてしまいたくなる冬獅郎の気持ちなど桃は当然気づくことなく慌てて本日最初の距離に戻った。


「ごめんね、歩きづらかったよね。でも、もう大丈夫!おかげでだいぶ慣れたから!」
「別に無理しなくてもいいぞ。」
「ううん、怖がってばかりじゃ楽しいことも見逃しちゃうもん。」


むん、とガッツポーズをした桃に、冬獅郎は邪魔しやがってと園内アナウンスを怒鳴りつけたくなった。こんな些細なきっかけで熱の元が離れていくなんてがっかりだ。もう一度「無理しなくてもいいのに」と呟いたけど、それは冬獅郎の口の中で消え、桃の耳にまでは届かなかった。それどころかいつもは指を絡めて恋人繋ぎをするのに、一旦遠ざかった桃の手は、今や両方とも彼女の肩から下がっている水玉の鞄を握っている。さっきまであんなに必死に冬獅郎の腕にしがみついていたっていうのに秋の空以上の早さで桃は復活したのか?


「ね、あそこ入ってみよう?」
「あぁ…。」
「ん?日番谷君なんか元気ない?」
「そんなことねぇよ。」


寂しいっていうか物足りないっていうか。
グッズ販売のショップの向こうにある建物を指差して冬獅郎を見上げる桃は可愛いけれど、さっきはもっとその顔の距離が近かった。それが名残惜しい。何がゾンビだ貞子だ、園内アナウンスなんかでぶち壊しやがって。どうせなら徹底的にアナウンスもおどろおどろしくしてくれれば良かったのに。そこんとこプロ意識を見せてほしい。

他の客の都合はまったく無視の、理不尽な冬獅郎の八つ当たりにもやはり桃が気づくわけなく。再び冬獅郎の腕にくっつくどころか、たた、っと先に走って行き、何のアトラクションなのか見に行った。


「おい、走ると転けるぞ。」
「そんなドジじゃありませーん。」


薄暗闇で走る彼女に声をかければ桃は振り返って頬を膨らませた。くるくる変わる桃の表情の可愛さに、のた打ち回りたくなる。
やっぱり少しくらい触っときゃ良かった。ほんの5分ほど前は確かにあの表情もふくふくほっぺも小さな手も傍らにあったのだ。やすやすと触れる距離にあったのに俺の根性無し!だから黒崎なんかにヘタレ呼ばわりされちまうんだ。


ここを勧めてくれた友人の好意も忘れ、冬獅郎は脳内の友人に「馬鹿野郎」と罵った。



 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ