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□240000h感謝小話「そっちのけのナイトショー」
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突然暗闇から白装束の女が飛び出してきたら、どうする?
顔をすっぽり覆うくらいの長い髪を振り乱して、青白い手をこちらへ伸ばして向かってきたら?












「きゃー!いやー!」
「雛森、大丈夫だって…。」



桃の場合、当たり前だが悲鳴をあげて怖がった。一般的な女子としてはまぁこんなもんだろう。身体中で恐怖を表現されては脅かす方も脅かし甲斐があるというものだ。かたや男の冬獅郎は桃のように悲鳴をあげたりはしない。怖いと思ってないのだから悲鳴をあげるもなにもないのだけれど、喜怒哀楽が乏しいから突然驚かされたところで無反応。それよりも桃が怖がって冬獅郎に縋りついてくる度に口元を手で隠すのが傍目に不審極まりない。こみ上げる笑いを隠すのに必死な姿って、かなりいやらしいと誰か教えてあげて。


「うー、もう帰りたい…。」
「まだ来て一時間だぜ?」


恐ろしい姿のゾンビがあっちに一体こっちに二体の大安売り。午後5時を回った瞬間パーク内の照明が落ち、至る所に設置されていたモニターから黒髪の不気味な亡霊が映し出された。
その途端、パークのあちこちで恐怖と驚きの悲鳴があがり、桃も「きゃあ」という可愛い悲鳴と共に冬獅郎の腕にくっついた。いきなり起こったナイトショー始まりの合図には驚かなかった冬獅郎だが彼女がこんなにも密着してくれるとは予想外で、いや多少期待はしていたが、心臓が飛び出すかと思うほど驚いた。
斜め下で震える桃は自分がパーク内の暗さより亡霊の怖さより、冬獅郎の胸を騒がせたことには気づいていない。冬獅郎が徘徊するゾンビを眺め、何も怖くないだろ、と呆れた風を装って桃に言ったら彼女は冬獅郎の腕を抱えこんだまま、ぶんぶん首を振った。恋人同士でありながら、いつもことあるごとに冬獅郎に姉貴面をしているくせに、お化けの類がからっきしダメな桃。冬獅郎はそんな桃に、たまらず笑ってしまった。小っこい桃が益々小さくなって可愛いったらありゃしない。暗がりの中、冬獅郎の腕にすがりついたまま片時も離れない彼女に鼓動は乱されたまま治りそうにない。





遊園地のハロウィン期間限定のナイトショーはパーク内に放つゾンビ増量のサービスっぷりだ。絶対に面白いからと二人は友人達に強く勧められてきたものの、桃にはちょっと刺激が強かったらしい。
詳しい内容を知らずに来た桃は、水に怯える子猫のように、さっきから辺りをうろつくゾンビ達に震えている。ふと気がつけば頭から血を流した人間が隣りに立っていたり背後に迫っていたりするのだ。怖がりな桃にこれはキツいだろう、と冬獅郎は左腕にくっついている恋人に同情した。
が、元々怖がりな桃に、うようよ彷徨うゾンビはキツいかもしれないが冬獅郎はついつい頬が緩んでしまう。まだ手しか握っていないという奥手な二人の関係が、ここで一気に距離が縮まったのだ。冬獅郎にとってはゾンビ様々と言いたいところだ。
デートの度に握る桃の手は、いつも細くて柔らかい。無邪気に笑う顔がとても可愛くて、きっと手以外も柔らかいのだと思うと、もうただの手繋ぎデートじゃ我慢できなくなっていた。かといって性急に関係を深める気は無いのだけれど。あくまでも桃のペースで、彼女が怖がることなく進めたい。でもできるなら、できるなら、手以外にも触れたいと思うのだ。自他共に認める冷静な自分だが、そこは健全な男子、ましてやベタ惚れな彼女が横で無防備に笑っていればつい手をだしたくなるのは男として仕方のないことだと許してほしい。

今日のナイトショーを強く勧めてくれた友人達は冬獅郎の欲求の針が振り切れそうなのを感じとってくれたとしか思えない。勧めてくれた時のあの意味深な笑いが冬獅郎の脳裏に蘇る。うまくやれよと無言の発破をかけられたのだろう。いつもなら余計なお世話だと取り合わないが、今夜は手をあわせて拝みたい。


「ふぎゃああ!」
「お前驚きすぎだって。」
「だ、だって突然現れて…いやぁ!きた…!」


背後から迫ってきたゾンビに左腕にくっついている桃がまた悲鳴をあげた。かと思えば次は街灯の影に隠れていたゾンビに飛び上がる。驚く度ごとに無意識なのか、桃は冬獅郎の腕を深く抱えこむ。いつも握っていた小さな手が冬獅郎の腕を掴み、引き寄せるように彼女の懐へ抱えこまれれば当然桃の控えめな胸が肘に当たる状態になってしまうのだが、園内全体がお化け屋敷のような状態に、桃はそれを考える余裕がないのだろう。冬獅郎の腕を離すまいとびくびくしながら周囲を伺っている。
その小動物な様子につい声を出して笑ってしまうと桃は涙目で冬獅郎を見上げ、きっと睨んだ。





 
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