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□加速の合図
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当日、迎えに来てくれた冬獅郎は一人だった。
桃がキョロキョロと他のメンバーを探しても誰もいないから、皆とはどこで待ち合わせかと尋ねたら冬獅郎は、俺らだけだ、とたった一言。サッサと背を向けて歩き出した冬獅郎の後ろで桃が息を止めたのを彼は知らない。無意識に落とされた爆弾に心臓が大きく跳ねたのも桃しか知らない。

早く来いよと言われ、カラコロ下駄を鳴らして慌てて冬獅郎の横に並んで歩いた。特別な会話なんて何も無く、学校にいるときの延長のような空気だけれど桃の気持ちだけが落ち着かない。会話の合間にちらりと隣りの冬獅郎を見ればTシャツにGパンにベスト、いつもより少しはお洒落にしてきてくれたのかもしれないと思った。たまに家の近くで出会った冬獅郎はベストなんて着ている姿を見たことないから。でも特にお洒落に気を配らなくても冬獅郎は十分格好いい。


「…なに見てんだよ?」
「えっ!?あ、……バレてた?」
「んなガン見されちゃ嫌でも気づく。」
「あ…はは、いやぁ…シロちゃんは格好いいなぁと思って。」
「馬っ……鹿か……!」



つい正直に答えたら、珍しく冬獅郎の顔が薄ら染まった。少しの間だけ桃の方を向いていた顔は再び前を向いてしまったけれど、冬獅郎の照れているのが丸わかりな顔を見て、桃は少しだけいつもの調子を取り戻すことができた。
学校でも家でもない場所で出会うのは冬獅郎にとっても軽い緊張をもたらすのだろうか。だったらお互い様かなと妙な安心感を覚えた。



桃が冬獅郎と取りとめの無い話をしながら歩いていくうちに、気がつけば周りは花火大会へ行く人達で波ができている。徐々に混み合っていく流れは真っ直ぐに花火大会の会場へと続くのだ。
人々が流れるまま桃達も川沿いの国道を下っていくと、やがて大きな橋に辿り着く。人は多いがその橋の上が一番よく見えるポイントだ。道路脇には露店もたくさん出ているらしい。もう桃達からも遠くに夜店の灯りが連なっているのを目視できるくらいに会場が近づいた。時間はもうすぐ7時。きっと間もなく最初の一弾が上がるはず。
やっぱり橋の上から眺めるのが一番見晴らしがいいだろう。桃がそんなことを思いながら歩いていると突然冬獅郎に手を引かれた。


「桃、こっちだ。」
「えっ……、」


急に桃の手を掴んで冬獅郎はぐいぐい横道へ引っ張り出した。桃よりも骨ばった手が戸惑う暇も無いくらい力強い。

桃と冬獅郎は人の波から外れ、街灯の少ない細道へと進んで行った。





「シ、シロちゃんどこへ行くの?」
「いいからこっち。」
「もうすぐ始まっちゃうよ?」
「大丈夫、近くだから安心しろ。」




少し早歩きになった冬獅郎はまだ桃の手を離さない。学校ではめったに聞けない冬獅郎の弾んだ声音に桃の心臓も弾んでいく。桃の知らないことを教えられるのは、冬獅郎の秘密を一つもらった気分になった。



早足で行く冬獅郎の手は当分緩みそうにない。花火の第一弾が上がるまでというリミットがあるせいか冬獅郎の速度も落ちる気配がない。時々桃の様子を見るようにちらちらと振り向いてくれるのが彼の優しさだ。その度に大丈夫だよと笑ってみせると冬獅郎も笑ってくれて。鼻緒が足に擦れて少し気になっていたことなんか忘れてしまった。


















花火が上がらなくても桃の鼓動は早くなってしまった。









 
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