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□加速の合図
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*日雛パロ





ドン、という音に空を振り仰ぐと夜空に大輪の花があった。ついでポポポポ、ととても追いつけない速さで連弾が。

冬獅郎に手を引かれ、走りながら桃は、もう始まったんだ、と思った。上空の一大イベントに見とれている桃にはかまわず、冬獅郎は続く爆音に煽られるようにまた速度を上げた。


舗装されたアスファルトを逸れ、草が両脇に生える砂利道に入っても冬獅郎は桃の手を引いて突き進む。それまでアスファルトの上でカラコロ鳴っていた桃の下駄は砂利道を踏みしめるたびに土の音をたてるようになった。ほんの少し鼻緒に当たる部分が痛い。まだ走るんだろうか。冬獅郎はいったいどこまで行く気なんだろう。

暗闇の中、頼りない街灯の灯りを受けて見える冬獅郎の表情は、斜め後ろを走る桃からはよく見えない。けれど彼の意図はなんとなく解るから桃は黙って引かれるがまま。
きっと夜空を彩る花火を桃に見せてくれるための特等席があるのだ。


































桃と冬獅郎は家が近所の幼なじみだ。高校までずっと同じ学校に通ってはいたが、小学二年生を最後に同じクラスになったことはない。
頻繁に出会うわけでもない。たまに顔をあわせれば声をかける程度の仲で会えなければ寂しいと想いあう仲でもなかった。


そんな二人だけれど高2の今年、クラス発表の掲示板に日番谷冬獅郎と雛森桃の名前が並んでいて、桃はしばらくぽかんと眺めてしまった。久しく同じクラスになんてならなかったからもう冬獅郎とは違うクラスで当たり前のように思っていた。それが今年から桃と同じクラスで桃の前の席。学校へ行って自分の席につけば必ず冬獅郎の背中が前にあるのだ。始業式が終わった後、教室でじっくりと冬獅郎の背中を見ていたら随分懐かしい気持ちになった。
そして毎日冬獅郎に会っていたら幼なじみと言えど、今までよく知らなかった部分も見えてきた。


たとえば冬獅郎のお昼ご飯は学食が多いこと。
休み時間は昨日見たテレビの話。冬獅郎は意外にもドラマをよく見ている。
冬獅郎がよく聴く音楽は桃が全然聴かない洋楽だ。


今の冬獅郎のことに詳しくなっていく度に笑みが零れた。つい頻繁に話しかけてしまう桃に冬獅郎はぶっきらぼうで短いけれど、ちゃんと返事をしてくれる。無愛想は相変わらずだが、その変わらなさがまた桃は嬉しくて余計に話しかけて。

当然クラスの友達に冷やかされたりしたけれど、そこは冬獅郎も桃もサラリと流した。今までクラスは違ったけれど顔を合わせれば軽く話す程度には仲が良かったのだ。他人が言うほど特別ではない。仲の良い友人の一人だ。そう思っていた。



その「仲の良い友人」から夏休みに入ったばかりのころ桃へとメールが来た。花火大会へ行かないかと。
冬獅郎とは仲良しだけどあまりメールを交わすことはなくて少し驚いたが桃も花火大会には誰か誘って行くつもりだった。だからすぐにOKの返事を送った。その返信に「時間はまた連絡する」とあり、最後に「誰も誘うなよ」と添えられていた。
つまり二人きり?


だったら………まるでデートみたい。


そう思った途端、トクンと静かに胸が鳴った。そして当日までの桃は少しおかしい。

元からワクワクと楽しみだった花火大会にどきどきが加わった。夏休みに入り、毎日冬獅郎に会えなくて寂しい気がする。そう、会いたくて仕方ない。気がつけば花火大会のことを考えている自分に慌てて頭を振ったり。けれど当日が楽しみすぎて浴衣に合う新しい髪飾りを買ったりもした。
油断すれば浮かれている自分に気がついて、誰もいないのに言い訳三昧だ。


ベッドで横になり、静まれ静まれと目を閉じて考えてみる。よく思いおこせば冬獅郎のメールには誰も誘うなとはあったが二人きりだとは書いてなかった。もしかしたら冬獅郎が既に他の友達にも声をかけていて人数が膨らんでいるのかもしれない。だからこれ以上増えないように誰も誘うなと桃に釘を刺したとも考えられる。そうだそうに決まっている。冬獅郎が桃と二人で行くなんて考えるわけがない。女の子扱いもされたことないし子供扱いだし。デートなんてとんでもない。冬獅郎相手にそんなことを思う自分が恥ずかしい。

部屋で一人、ぷるぷると頭を振ってクッションに顔をうずめてみたけれど、ふわふわ浮かぶ気持ちは落ち着かせようがなかった。


………今からこんなんじゃ当日までに疲れちゃう。








そんな呟きの時間にも冬獅郎は桃の頭の中に居座っているのだ。









 
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