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□210000h感謝小話「五月雨」
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*冬獅郎



今は何時だろう?もう日付は変わっただろうか。


長引く地雨は鬱陶しいばかりだったけれど、今、傘のいらない程度の小雨は火照った気持ちを冷やすのにちょうど良かった。









恋人の桃を、彼女の部屋近くまで送り届けた帰り道。冬獅郎は真っ黒な夜空から落ちる小さな水滴をわざと顔で受け止めた。もっと冷やしてほしい、そう思って。




ほんの数時間前、冬獅郎は桃と初めて結ばれた。場所は冬獅郎の部屋だった。
彼女を部屋に引き入れることに、まったく下心が無かったと言えば嘘になるが、大切にしたい女の子を男の都合で急かす気は毛頭無かった。

けれど、二人っきりの部屋で、いつもより近い距離で、軽く唇を触れ合わせたのがいけなかったのだ。冬獅郎の中で、ぎりぎりまで伸びた糸がプツンと切れた音がした。僅かな距離もゼロにしたくて、そのまま桃を引き寄せ力いっぱい抱きしめた。桃に向ける気持ちがどうしようもなく膨らんで、たまらなくなった。
もう今更なんと言おうが見苦しい言い訳だが、本当に彼女が今日、部屋へ来た時にはそこまでの下心なんて無かった………はずだ。



冬獅郎は湿り始めた銀髪をブルブル振った。振ったからって、まだ残る身体の熱が取れるわけじゃないけれど、数秒くらいは気が紛れる。



今日はまだ水曜日、週末までまだ何日かある。
狭いベットで二人、抱き合った余韻に浸る中、冬獅郎の腕の中で桃は「帰るね」と呟いた。明日はまだ平日だし朝から授業だし、とポツリポツリ言う桃に、冬獅郎もあまりよく考えないで「そうか」と答えた。理解を示す言葉とは裏腹に、腕は更に彼女をキツく締め上げたのは無意識の反抗だったのかもしれない。
とろけるような気分の時だったからどことなく肩すかしを食らった気分だったが、何分、初体験、そんなもんかと、身体が落ち着いたら二人して着替え、一人で帰れるという桃を冬獅郎は無理矢理送ってきた。

甘い余韻を先にぶち壊した彼女は、そのくせ別れる時、なかなか冬獅郎の手を離さなかった。言いにくそうに俯いて、部屋へ上がっていかないかと誘ってくれた。そっちの方面には控えめな彼女だから、きっとその言葉も勇気を振り絞って言ってくれたのだろう。か細く震える声で、その緊張が冬獅郎に伝わった。
街灯もコンビニの灯りも届かない暗闇に二人立っていたけれど、桃が真っ赤に染まっているのなんか見ずともわかった。

離れがたいのは冬獅郎も同じで、彼女の言葉に乗っかって、部屋へ押しかけたいのをなんとか踏みとどまった。まだ熱い身を抱えて、あのまま部屋へ入ってしまえばきっと獣になってしまう。明日の授業どころの話じゃなくなるのは明白で、なけなしの理性を全て使って冬獅郎は桃の誘いを断った。明日、また、と格好をつけて絡めた指を解いたが、やせ我慢はやっぱり身体に悪い。今では後悔が冬獅郎の胸を苦しめる。雨に打たれても頭を振っても、まだ桃といっしょにいたい気持ちが収まらない。

最後に桃を抱きしめれば良かった。誰も通らない夜道なんだ、道の真ん中だろうがかまわずに思いきり、あの細い、柔らかな桃の感触をこの身体に覚えさせるようにぎゅっと。


「………くそ…、」


諦めの悪い自身を罵った。小雨はまだまだ降っていて、きっと明日の朝まで止まないだろう。桃の姿はもう見えなくなったというのに、彼女を思うだけで簡単に身体の奥の方に火が点く。
始末が悪い。手に負えない。
だからもっと冷やしてくれと、冬獅郎は暗い暗い道に佇んで、ずっと天を仰ぐ。
雨が涙のように顔を伝っても、着ているシャツが重みを増しても、桃への気持ちがもう少し冷えなければ動けない。こんなのまだ全然冷たくない。


桃と付き合いだしてから自分は変わったと自覚している。どんな時でも感情に振り回されることなど無かったのに、この余裕の無さはなんなんだ。

本当に困る。もっと桃が欲しくて温度は上がってゆくばかりだ。





冬獅郎の髪の先から雨の雫がいくつも落ちる。身体の熱はまだとれない。
自身の身体から湯気が出ているような錯覚に陥りながら、冬獅郎はいつまでも立ち尽くした。






 
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