スイーツパラダイス
□あいいろキャンディ
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子供の頃は何でも遊びなんだ。
学校の教科書も公園の柵も道路にできた水たまりも、雨だってそうさ。
遊び盛りの俺達は2日も雨の日が続けばもう家の中じゃ退屈で。
友達の阿散井なんかは頭が濡れるのも服が濡れるのも気にせず、ずぶ濡れのまま外で走り回ってたし俺も同じだった。中には青や赤のポンチョを着てるやつもいたけれどたくさんいる子供の中でレインコートを着てたのは桃だけだった。
白地に赤青黄色の水玉模様のレインコートはまるで小さなフルーツキャンディだ。風を孕んで膨らむポンチョとは違って桃のは強い風が吹くとスカートがひらひら、裾が遊ばれる。飾りのような大きな襟もパタパタ靡いてまるで楽しいおもちゃ箱みたいに賑やかだ。
ひらひらゆらゆら、桃が遊べばレインコートのキャンディもいっしょに遊ぶ、ずっと見てると不思議の国へと誘われる錯覚に陥りそうだった。
「シロちゃん来て、ほら、かたつむり。」
レインコートのフードの奥で桃が笑って俺を呼ぶ。
雨を弾きながらくるりと振り返って手招きする。
俺はつい、弾むキャンディに見入っちまってて、慌てて頭を振り桃へと駆け出したら見事に滑って転んだ。
「って………っ、」
「シロちゃん大丈夫!?」
すぐに駆け寄ってくれた桃に俺はガキなりに虚勢を張った。
本当は痛かった。でも桃の手前だし痛くない。痛くない、って言うんだ。
「痛くない、」
「嘘!痛いよ!だってこんなに血が、」
ずぶ濡れの俺はうずくまって血が出る片膝を抱えた。雨は相変わらず俺も桃も濡らしていく。
さっきまで降りしきる雨にはしゃいでいたけれど、傷を負った途端、楽しい雨は冷たい雨に様変わりした。
痛くない、痛いけど痛くない。涙が出そうに痛いけど痛くないんだ。
ガキの俺は桃に心配されたくなくてジンジン痛む膝を押さえて必死に自己暗示をかけた。
いくら桃よりチビでガキでも俺は男だ。気になる女を守ることはあっても守られたくねぇ。
ちっぽけなプライドだけど当時の俺にとっちゃあそこんところはひどく重要な問題だったんだ。
でも、心配そうに俺の傷口を見ていた桃はちゃんと俺の強がりを見抜いてた。
ごそごそとレインコートを探ってそっと傷口にピンクのハンカチをあててくれた。
「シロちゃん、痛いの痛いの飛んで行けー!」
突然でっかい声を出した桃にびっくりして顔を上げた。両手でハンカチを抑えて俺の痛む膝を一点、睨みつけるように見つめて桃は更にちんぷんかんぷんな呪文をブツブツ呟いた。
「何言ってんだ?」
「お母さんに教えてもらったの。痛くなくなるおまじないなんだって。」
んな訳あるか。
そう心の中で返事したけど桃の瞳は怖いくらい真剣だから俺は声もなく桃のやることを見つめてた。
雨音が少しキツくなって俺の頭も桃の手も、その下のハンカチも塗らしていく。
周りの子供達も雨が強く降りだしたせいで帰っていく。
楽しい遊びの時間が終わりを見せ始め、俺も桃も家に帰らなくちゃいけないが桃はヘンな呪文をまだ止めない。膝はまだ痛かったけれど、俺は桃が動かないのをいいことに桃が被る水玉フードが雨を弾く様に見とれていた。
パラパラと、この濡れた世界で乾いた音をだす桃の水玉コートは水に放した色鮮やかな飴玉だ。俺の心を騒がせる桃みたいな甘い水玉。
「痛いの……飛んでった……?」
ずっとブツブツ言ってた桃がフードを揺らして顔を上げた。ぱちんとフードの中の藍色と目があった。
時雨れる雨の向こう側、ひときわ大きく光ったとびきりのキャンディが俺を捉えた。
瞬間、どくん、と跳ねた心臓に焦って横を向いた。膝の痛みなんか頭から完全にぶっ飛んで「全然痛くねぇ」と言ってしまった。だって本当のことだった。
たくさんの水玉の中で桃の瞳が一番キラキラ優しく輝いて見えた。
濡れた背中はTシャツが張り付いて冷たかったけど膝に当てられたハンカチは温かくて。
たぶんその後は二人して濡れながら帰ったんだろう。なんかあんまり覚えてない。
だけれどその日から俺には欲しいものができた。
この世で一番大きく輝く二つの宝石を手に入れたい。
あいにくその目標はまだ成し遂げられてはいないけれど、俺はあの日からずーっと一番近い所に陣取ってる。
「桃。」
「なぁにシロちゃん?」
呼べば世界に色がつく。あの日見つけた俺のきらきら。
絶対誰にもやるもんか。