スイーツパラダイス

□ラブベリーパイ
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自分の誕生日もまだよく理解できない桃はこの年齢ならまあそんなもんかと納得できる。両親の多大な愛情に包まれて、やや赤ちゃん気味なところはあるものの桃のとんちんかんな言動は幼児らしくて可愛い。
しかし、桃より半年遅く生まれたにもかかわらず冬獅郎のこの……なんていうの、スレた感はなに?


牛乳髭をつけた顔で冬獅郎になにそれと聞いてくる桃に、冬獅郎は冷めた翡翠の目を向け桃が生まれた日だと説明する。だからお祝いのご馳走が食べられてプレゼントももらえる日だと、実に簡潔に桃に教えた。


冬獅郎…無駄のない説明をありがとう。何の感動もなく桃に説いてくれてありがとう。なんかあんたがカツオかスネ夫に見えてきたわ。人生の荒波を一つ越えてきたような冷めっぷりに母さん泣きたくなっちゃった。



今夜は義兄も早く帰ってくると言っていた。姉も夕飯は腕によりをかけたご馳走を作ると言っていた。今晩開かれる姪の誕生日パーティーにあたしも冬獅郎も呼ばれてて、訳の分かっていない桃にプレゼントを渡して驚かせる予定だった。
それをこいつは…。


あのるんるん気分な夫婦にあたしはなんて言えばいいの。


額を抑えて俯くあたしを余所に子供二人の会話は弾む。


「プレじぇントってなあに?」


「知らない。きっとおばさんが桃の一番好きな物を買ってくるよ。」


「えー、なんだろー?あたらちいリボンかな?」


「違うと思うな。」


「ももねぇ、七色チョークが欲ちいな。」


「チョーク?チョークってあの…先生が黒板に書く時に使う…?」


意外な物の名前が飛び出してあたしは二人の話に加わった。
この新しい情報は買い物中の姉に伝えるべきなんだろうかと少し悩む。


「うん!あのね、クレヨンみたいに並んでて、おかぁしゃんの口紅みたいにくるくるまわしゅと出てくるの。もも、プレじぇントならチョークがいいな。」


保育園か友達の家で見かけたのだろうか。どうやらただのチョークではないらしい。桃の説明とあたしの中のチョークのイメージとが大きく違う。
……最近のチョーク事情はわからないわ…。


「チョークチョーク!くるくるの七色チョーク!」


ウキウキと話す桃に、そんなのあるんだと呟いた。そのあたしの声に被るように冬獅郎が桃に言う。


「そんな安いのじゃなくて、もっと高くてでっかい物頼めよ。」


「と……、」


おいー!このクソガキおいー!
いったい誰がこの子に余計な知識を植えつけたのよ。出てこい、ぶん殴ってやるあたしの幼気な息子をこんなにも、こんなにも…!


ショックを受けて言葉を無くしたあたしを置いて二人は話す。桃がこてんと首を傾げて冬獅郎の言葉の意味をゆっくり反芻するも、よく解らないらしい。
もっと?でっかい?を繰り返し、頭を右に左にこてんこてんと傾げる傾げる。桃の頭が傾く度に彼女のぷっくりした頬も垂れ下がり、可愛いったらありゃしない。
いやんかわいい…!

姉夫婦ならまずここで愛娘の頬に吸いついているんだろうけど、今のあたしと桃の間にはテーブルがあって、密かに萌え転がる叔母の行く手を阻んでる。
「桃はそんなこと考えなくてもいいのよ」と手を伸ばし、仕方なく桃の頭を撫でるだけで我慢したら横から冬獅郎が桃の顔をグィと自分の方に向けた。
そして彼女の口まわりについた牛乳をタオルできれいに拭いてやる。


「桃、さっきから口に牛乳がついてるよ。」


「んぷ、……ありがとぉチロちゃん。」


お礼を言ってにこりと笑った桃に頷くと、冬獅郎はあたしに厳しい視線を投げつけた。

なんでですか冬獅郎さん?
私はあなたの母親であって恋のライバルじゃないんですが?
その強い独占欲は誰の遺伝子を受け継いだの?あたし?ギン?

実の息子から一方的に火花を散らされて固まったあたしの前で、冬獅郎に口を拭いてもらった桃がチロちゃんのおかぁしゃんが作ったケーキがいい、と唐突に叫んだ。


 
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