スイーツパラダイス

□ラブベリーパイ
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6月3日は可愛い姪っ子の誕生日だ。
梅雨の真っ只中に生まれた桃は小さくてコロコロで、ふんわり柔らかな春のひだまりみたいな女の子。けれどくるくる変わる表情は一雨ごとに色を変える紫陽花のようだから案外この季節が彼女にはあっている。
どちらにせよこの姪っ子に微笑みかけられて表情を崩さない人間なんていないだろう。うちの3歳未満にして鉄壁のポーカーフェイスを会得した冬獅郎でさえこの従姉妹相手だと子供らしくはしゃいだりするのだから。






ジメジメした毎日だけれどあたしと冬獅郎の二人暮らしの狭いアパートからは朝から陽気な笑い声が絶えない。それというのも今日は朝から桃がうちへ遊びに来ているのだ。



看護師をしている姉は毎日忙しく、娘の誕生日プレゼントを買いそびれ続け、結局当日になってしまったようだ。昨夜電話で、午前中、桃を預かってくれないかと申し訳なさそうな声で頼んできた。もちろん断る理由などなく、あたしはすぐに頷いた。姉の妊娠中から見てきた姪っ子はあたしにとってはほとんど我が子同然。遠慮のない関係は家族と言ってもいいくらいだ。
何より桃が家にくると冬獅郎の機嫌がすこぶるいい。他人には分かりづらいだろうけれど桃が冬獅郎のそばにいるだけで一文字に結ばれた彼の口がゆるむのだ。

てなわけで姉が桃に内緒で彼女へのプレゼントを買いに行っている間、桃はうちで預かることになった。




「喉かわいたぁ、なんか飲みたい。」


「もも、おなか空いちゃった。」


朝の洗濯を終えた時、二人でちょこんとあたしの前に立ちそれぞれの要求を訴えた。というより伝えただけで、くるりと背を向けた冬獅郎はすぐに後ろの冷蔵庫へと手をかけた。


「牛乳飲みたい。」


「ももも、もももぎうぎう飲みたい!」


短い手を伸ばして牛乳パックを指す二人に返事して、あたしはコップに冷たい牛乳を入れてやった。小さなコップを小さな手で持ち、二人仲良くテーブルに着いて飲み始める。桃がおいしいねと冬獅郎に言えば無表情な相棒は黙ったままコクンと銀髪を揺らして頷いた。


「おかぁしゃんは?」


口のまわりに牛乳の髭をつけた桃が姉の行方を尋ねる。この質問が桃から投げかけられるのはあたし達姉妹の予想済みで、あたしはかねてから姉との打ち合わせ通りの答えを口にする。


「桃のおかあさんは今日、急に仕事が入っちゃってね、でもお昼には帰ってくるって。それまでうちで遊んでようね。」


「うそだよ。本当は桃の誕生日プレゼントを買いに行ったんだ。」


間髪いれず淡々と放たれた息子の言葉にあたしの口端がひくりと引きつる。

冬獅郎め……。

フリーズした笑顔の裏で、大人の思惑を簡単に打ち砕いた我が息子を怒鳴り散らしたい衝動を必死に抑えた。

あんたって子は、まったくホントに…!

ぽやんとした顔で誕生日プレゼントの意味を尋ねる桃に、知った顔で説明する冬獅郎をギッと睨んだ。





 
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