スイーツパラダイス

□甘辛カヌレ
1ページ/3ページ





日番谷君から遅れるとメールがあった。
だったら本屋でもう少し時間を潰せばよかったのだけれど、この店のケーキセットが食べたいのと買った雑誌を早く読みたいのとで待ち合わせの時間よりもかなり早く来てしまった。


「お待たせいたしました。」


いつものウェイトレスさんがカップとケーキを置き、最後にポットを置く。白くて丸いポットの蓋を取り、熱い湯を注いでくれたあと、一礼をして下がっていった。


ランチタイムの終わった店はお客も少ない。落ち着いた音楽が流れる店内で、あたしは運ばれてきたケーキセットに、読んでいた雑誌をテーブルに置いた。まだポットの中では紅茶の茶葉が踊っているだろう。先にケーキに手をつけようか。いやでも先ずは紅茶を一口飲みたいな。

カップの横に置かれたケーキは本日おすすめの手作りカヌレだ。焦げ茶色の表面がつやつやしてて見るからに甘そうな一品。こんなの日番谷君が見たら嫌そうに顔を歪めるんだろうな。
甘い物が苦手な1コ下の幼なじみを思い浮かべて自然と頬が緩んでしまった。



「雛森くん…?」


いざ取りかかろうとした時、どこからか声がした。顔を上げてまわりを見るとレジカウンターの近くに立つ、スーツ姿の男の人。目を見開いたまま驚くあたしにその人は穏やかな笑みを浮かべてこちらへ足を向けた。


「久しぶりだね。」


「…本当に……。」


「元気そうだね。あ、ここいいかな?誰かと待ち合わせかい?」


「ええ、まあ…。」


久しぶりの再会。
ぎこちない笑顔を作るあたしにその人は昔と変わらぬ表情で話しかけてくれる。
少しいいかなとあたしに断りをいれ、向かい側の席に座った。まだフォークを持ったまま半分固まっているあたしを見て「変わってないね」と微笑んだ。

二年前、大好きだった人。

短大を卒業し、初めて勤めた会社にいたのが彼だった。同じ部署の先輩である彼は要領の悪いあたしをよく助けてくれた。優しい言葉で励ましてくれて誉められると嬉しかった。さり気ない優しさに心惹かれ、少し大人の落ち着いた仕草にときめいた。
もっと近ずきたくて頑張って仕事した。残業が二人きりになるのが嬉しかった。

女の子が夜遅く歩くのは危険だからと送ってくれたりセクハラ部長からさり気なく遠ざけてくれたり。学生の時には無かった「初めて」を彼は沢山教えてくれた。
前を歩く大きくて広い背中が大好きで、ずっとずっと見ていたかった。
初恋ではなかったけれど、誰かを思って切なくなる気持ちを知ったのは彼が初めてだった。

けれどそれも彼の辞職という形で幕を閉じたのだけれど。


「今もあの会社にいるの?皆は元気?」


「はい、伊勢さんが主任になられて、東仙さんが新店舗の指導責任者として出向中です。あたしは相変わらずですけど。」


「あははは、甘い物好きも相変わらずみたいだね。」


明るく笑った彼は煙草を取り出しあたしに吸ってもいいかとこんな時だけ少年の顔をする。あなたも変わっていませんねと心の中で呟いて、彼の左手のリングに気がついた。


「結婚されたんですか?」


「ん?ああ、これ?実は半年前にね。」


営業ゆえの日焼けなのか、浅黒い手の薬指には鈍く光るシルバーリングが嵌ってた。
照れくさそうに頭を掻いてはにかむ笑顔は幸せそう。つられてこちらまで頬が緩むくらい。
そんな自分に驚きだ。
二年前ならきっと号泣してる。彼が二年前に突然会社を辞めた時がそうだった。
夢を叶えるために会社を去る彼に結局あたしは自分の気持ちを伝えることもできなかったけれど、人目もはばからず皆の前で泣いてしまったのはもう告白してるも同然だった。


今年の冬にはパパになると少し赤くなった昔、好きだった人。


 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ