スイーツパラダイス
□ブラックマカロン
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桃より俺の方が力が強いということに気がついた。俺の髪より桃の髪の方が細くて柔らかだということに気がついた。
無邪気に抱きつかれて慌てる自分と、もっと近づいてほしいと願う自分。
学校が別になり、今桃が何してるのかと気になった。家の近くで知らないやつと話してたらむしゃくしゃした。
いろんな自分に気がついた、俺だけが気がついた。
両親の仕事の都合により二人きりで夜を過ごすのは珍しくない。でも二人きりの空間が年をおうごとに苦しくなった。
俺のことを自分の分身のように思っている桃と、他人になりたがっている俺。弟思いの姉貴な桃と弟の仮面をつけた雄な俺。
天使みたいに純白な桃を俺は汚したくってたまらない。背中に生えてる白い羽をむしり取って地中深く引きずりこみたい。悪魔のような衝動が日々大きくなって、いつか俺はのみこまれてしまうのかもしれない。
「あ、こら、ちゃんと手洗った?うがいは?制服も早く着替えて。」
きれいに並べられた菓子達に手を出したら素早く桃のストップがかかった。
俺とは全く異なる色の瞳がキュ、と厳しく睨んできたけれど、くりくりの瞳では怖くもなんともない。構わずカラフルな菓子の中から比較的甘くなさそうな真っ黒のやつを摘んでさっさと口に放り込む。大声をあげて俺の背中を叩く桃に笑い、モグモグとやったら控えめな甘さが広がった。
「甘くなくて美味いなこれ。俺でも食える。」
「マカロンていうんだよ。きっと甘くないのは黒いのだけだと思うけど。」
「へぇ、マカロン…。」
「竹炭とビターチョコで黒いんだって。ほら、さっさと着替える。その間にコーヒー入れておくから早く。」
「お前だって制服のままなクセに…。」
俺の背中を押して急かす桃にボソボソと呟けば桃の動きがピタリと止んだ。
「…そうだね…あたしも制服だった。」
あははと笑い、エプロンを取ると桃は自室へ、俺は洗面所へ。
手を洗い、ついでに顔も洗う。そばにあったタオルを取って顔を拭いたら銀髪の悪魔が鏡に映っていた。実の姉に邪な感情を抱く魔界の住人、俺だ。
自虐的な笑いで鼻をならし、俺も着替えに自分の部屋に向かう。
悪魔だなんて、我ながらバカなことを考えてると首をふる。
まだ大丈夫だと己の魂に言い聞かせる。
まだ大丈夫、まだ俺は抑えられる、そこまでいってない。桃が悲しむ顔を見るくらいなら俺の想いなんて無くてもいいんだ。だから耐えられる、まだ耐えられる。
禁忌なんて犯さない。
階段の最後の段を上りきり、桃の部屋の隣の自室へと向かう途中、半開きになった桃の部屋から白い影が動く気配がした。
隙間の幅は僅か20センチ。
動く物に目がいくのは普通のことだろう?
けれどそれはあまりにも衝撃的な光景で。
肌色の細い影が揺れ着替え中の、桃が見えた。
驚きで足も呼吸も止まった。見てはいけないモノを見ているのに俺は静止画さながら動けない。
白く滑らかな肌から白い制服のブラウスが滑り落ちた。薄い衣が剥がれ落ちたように音もなく。
剥き出しになった細い桃の肢体は簡単にどうにかできそうなくらい脆そうな、紛れもない、女という生き物だ。
開いた戸から俺が見ているのに桃は全く気がつかない。
下着だけの桃はするりとラフなスカートに足を入れ、お気に入りのTシャツを頭から被っていつもの姿に完成だ。
姉の着替えを覗き見するなんて。
跳ねる心臓にヤバいと感じ、足音を忍ばせ自分の部屋へと身体の向きを変えた。
俺は何も見なかった。
桃の肌なんて見なかった。
暗示の呪文を繰り返して俺は無事桃の部屋を通り過ぎ、ホッと密かに息をつく。部屋に入ろうとノブに手をかけた時、
「シロちゃん、黒いマカロンて…悪魔の実みたいだね…。」
「………!」
ドアにかけた手がビクリと跳ねた。
ゆっくりと首を捻り桃の部屋を見ても今の位置からじゃ半開きのドアから部屋の中まで見られない。
俺が見てたことに気づいてた?
いや、例え見られているとわかってても弟に着替えを見られたことなんか桃にとってたいした事件じゃないのかもしれない。
桃の部屋から衣擦れの音がする。
暫しの沈黙が心の中を見透かされていたかのような恐怖を連れてくる。
けれど次に桃が言ったのは、
「あたしも食べたらシロちゃんと同じになっちゃうのかな…。」
「………。」
「でも…二人一緒なら悪魔になったって平気な気がする…。」
「……、」
俺は自室のノブから手を離し、姉の部屋へ足の向きをかえた。
悪魔の実は俺の腹の中で芽を出した。