スイーツパラダイス
□琥珀糖
1ページ/3ページ
結局今日も遅くなってしまった。
あいつ怒ってるだろうな。
自分の部屋の入り口でピッチリと閉められた戸に向かって溜め息をぶつけた。部屋の中から感じる彼女の霊圧から察するに、そんなにも怒ってはいないとおもうのだが、さすがに午前様になると気が引ける。
いや!何も遠慮することはないんだ、ここは俺の部屋だし帰りが遅くなったのだって仕事が終わらなかっただけで浮気とかでは断じてない。疚しいことなんか一つもないのだから堂々と帰ればいいのだけれど、俺の胸に重いものが沈んでいるのは昨日あいつが見せた嬉しそうな笑顔のせいだろう。
ここんところずっと会えなくて、やっと昨日、隊首会に行く途中偶然会えた。小走りで駆け寄ってきてくれた雛森に俺の口元がだらしなく弛んだのは致し方ない。
いったい何日あいつに触れてないと思ってんだ。遠距離恋愛してるわけでも喧嘩してるわけでもないのに色々と我慢を強いられるなんて、時々頭を掻き毟って叫びたくなる。
久しぶりに会った雛森は、俺に会えた喜びを隠そうともせず笑顔の花を弾けさせる。嬉しい、会えてよかった、淋しかったよと俺なら二の足を踏んでしまいそうな言葉をたくさんくれた。だから俺は余計にたまらなくなって、キョロキョロと周りを確認して素早く雛森を引き寄せた。口下手な男が気持ちを伝えるには態度しかねぇからな。
「シ、シロちゃん、ちょっと、ダメだよ!」
「今だけ。誰も見てないって。」
「もう………。」
「明日の夜、部屋に来いよ。」
「…早く帰れそうなの?」
「たぶん……。まだ仕事が残ってても明日は無理矢理早く帰ってやる。」
「悪い隊長さんだね。」
抱きしめられた雛森が俺の腕の中でクスクス笑った。こんな笑い方を見るのも久しぶりだと、また俺の胸が膨らんだ。まだ誰も通らないのをいいことに、少し頭を落として雛森の耳に首筋に唇を這わせたら腕の檻に入った雛森が暴れだした。
「ん、こら、何やってんの、シロちゃんってば!」
「じっとしてろ、大丈夫だって。」
「やだやだ、全然大丈夫じゃないって。ほら、さっさと一番隊へ行ってきて。遅刻するよ。」
「………けち。」
「けちって………あのねぇ…。」
俺が口を尖らせたら、たちまち姉の顔になった雛森が下から俺を軽く睨んだ。そして弟みたいな恋人の俺を甘く叱る。
「けちじゃないよ……明日、部屋で待ってるから早く帰ってきてね。」
仄かに熱を孕んだ瞳が俺の胸元を見つめ、小さな手がするりと隊長羽織の襟を撫でた。たったそれだけでゾクゾクと痺れるような感覚が背中に走る。
沸き上がる衝動を少し発散させたくて彼女の唇を求めたけれど、今度はきちんと跳ね返された。
「明日の夜行くって行ったでしょ?我慢して。」
「ちぇ、」
「隊長さんが拗ねないの。また後で………いっぱいして。」
また、熱っぽい目。
幼なじみから恋人になった俺達はいまだに姉弟と恋人を行ったり来たり。けれどそれは不思議ととても心地良い関係だ。
幼なじみであり姉弟であり恋人な俺達は色んなものを欲張って手に入れた。断ち切ったものなんて何ひとつなく、全ての関係は今もまだ続いている。
こんな存在、彼女しかいなくて、だから特別。