スイーツパラダイス

□クレームブリュレ
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桃が恋人として俺の部屋に入るのはたぶん初めてのことだ。
友達数人と上がりこむ時とは格段に違う仕草から彼女の緊張がわかった。



「よう、上がれよ。」


「お、お邪魔します。あ、これケーキなの。よかったらお家の人と食べて。」


「さんきゅ、お茶入れるから先に俺の部屋入ってて。」


「あ、ありがとう…。」


四角いケーキの箱を受け取って、俺は桃を促した。
花柄ワンピの裾が揺れながら二階へ上がっていくのを確認し、俺はコーヒーと紅茶を用意しにキッチンへ。
















高校の時から男女を問わず桃の周りには人が集まった。
それは大学に入ってもおんなじで、特に美人じゃあないけれど誰にでも優しくて可愛い桃は俺達男共の間でも度々名前が出るほどだった。
ぶっちゃけ焦ってたと思う。友人達の前ではスカしてたけど、なんとか桃と二人きりになりたくて。偶然を装っていっしょになった帰り道で海へ誘った。その時二つ返事で快諾してくれた桃はみんなで行くと勘違いしてて、当日、待ち合わせたのが俺だけと知って驚いていた。

早い話が抜け駆け。
惚れた女を手に入れるには先手必勝だ。それを焦りとも言うのだけれど。


シーズンを外した海で薄暗い海岸を歩きながら気持ちを伝えた。
驚いたのか俯いて黙ってしまった彼女に内心慌てながら、しつこくもう一度告白し、交際を迫った。後で思い返してみると半ば強迫じみていたかもしれないな。でもその時の俺は必死で、いつもみたいに自分を取り繕う余裕なんて全然なかった。
たぶん鬼のような顔をしてただろう。


答えを急かすような告白。
思い描いていた告白シーンにはほど遠かったけれど今となってはもうどうでもいい。

真ん前に立って迫る俺から目を逸らし、視線を彷徨わせる桃が返事をくれるまでの時間がとても長く感じられた。ほんとは短かったのかもしれないが、頭の中がぐるぐるの俺は彼女の丸い頭を見ながらこれまでの人生での悪事の数々を懺悔しちまった。どんな罰でも受けますから彼女を、と心の中で両手を握りあわせて祈った。
それくらい彼女は俺の最後の女なんだっていう自信がある。


だからゆっくりとためらいがちに桃の手が差し出された時には泣きそうだった。小さな声で恥ずかしそうに「よろしくお願いします」だなんて腰が抜けちまうかと思った。こんな情けない事実、絶対誰にも言えない、俺が墓場まで持っていく。


桃にとっては突然始まった交際で、徐々にお互いを深く知っていこうというつもりなんだろうけれど、俺にとってはもう十分温められた想いなんだ。
彼女と俺とでは互いを見ていた時間が桁違いだと思う。



俺はトレーに彼女の分の紅茶と自分の分のコーヒーを乗せ、桃から受け取った箱から中身を取り出し皿に盛る。

丸くて白い陶器に入った、確かブリュレとかいう。
表面が焼かれたシンプルな外見はコテコテに盛られたケーキとは違って甘さ控えめの印象だ。
きっと彼女は俺が甘いのは苦手なことも知らないだろう。これはもし俺が甘いのがダメでも食べられるようにという心遣いに違いない、と勝手に思いこんでおこう。




熟成された俺の想いとは反対に桃はまだこれからなのがよくわかる。もう一つ先へ行くにはまだぎこちない、二人三脚の第一歩をやっとこさ踏み出したような俺達の関係。






 
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