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□いつでもスタンバってる
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「いらっしゃいまーーーーーー」


言いかけて冬獅郎は露骨に嫌な顔をした。


ちょうど夕食の時間帯が終わった午後8時、店もやっと落ち着いてきたころだ。冬獅郎がバイトする激安牛丼屋にドヤドヤとよく知る男子高校生三人が入ってきた。


「よう冬獅郎、来てやったぞ」


扉を開けるなり声をあげたのは啓吾だ。あからさまに嫌な顔をする冬獅郎をものともせずに「暇そうだから来てやったんだ」と恩着せがましい。
ぞろぞろとむさ苦しい集団は授業参観に来た親のような顔をして一番奥のテーブル席についた。


「さっきまで怒涛の忙しさだったんだ。今やっと少し客が引いたんだよ」

席についた仲間達に冬獅郎が割りそうな勢いでコップを置く。


「うわ!お前、水が零れてっぞ!もっと静かに置けよ!」
「俺達は一応お客だぞ、神様だろうが」
「俺はそんな認識はしていない。一番高いのを注文して五分で食ってソッコー帰れ」
「この店員態度悪ぃぞ!」
「ふん!」




口々に文句を言うがそんなの知ったことかと冬獅郎は鼻を鳴らした。だいたい人がこっそり始めたバイト先に興味本位で来るなと言いいたい。学校でも散々顔を突き合わせているのに校外でも野郎の顔を見なきゃいけないなんてげんなりする。


「お前なぁ、友達がわざわざ食べに来たっていうのにその態度かよ!もっともてなせ!」
「じゃあ俺、明太子マヨの特盛りで」
「僕はおろしポン酢の大」


冬獅郎の邪険な態度に喚く啓吾を置いて一護が言うと水色も続く。慌てて啓吾がメニューを取った。


「バイトしてたなんて全然知らなかったぜ」
「週に3日だけだからな」
「いつからやってたの?」
「えーと、三年になってからか」
「受験生になった途端に始めるってさすが余裕だな」
「小遣いが欲しかったんだよ」
「それは解る」
「俺普通の牛丼、メガ盛りで!」
「わかった。じゃあ食ったら直ぐに帰れよ。席料取るぞ」
「店員さーん!?」


注文すべてを聞き終えて厨房へ戻る。
ピークタイムを過ぎたからか店長も仲間のバイトもにこやかだ。ほんの一時間前の殺気立った雰囲気は見事に消えてほのぼのとした空気が漂っている。
冬獅郎が仲間の注文を告げると気持ちのいい返事が返ってきた。



「桃ちゃん、もう時間だから帰っていいよ」
「はーい」


手際よく丼に白飯を装いながら店長が言った。それに小柄な少女が返事する。


「お先に失礼します」
「お疲れー」
「ご苦労さん」


にこやかに挨拶をして厨房を渡る少女に冬獅郎は皆に気づかれぬよう急いで近づいて


「桃、俺9時で上がりだから、いつものとこで…」


こそ、と囁くと彼女から返ってきたのは困ったような曖昧な笑顔。くりくりした大きな瞳が店内にいる三人組を指し示す。


「きっとお友達が待ってるよ。それに今夜はあたしレポート書かなくちゃいけないの」


またね、と音の無い言葉と共に桃は冬獅郎の人差し指をぎゅっと握った。
バックヤードに繋がるスイングドアを開けて桃が消える間際に冬獅郎に手を振ってくれたけどそんなもんじゃ冬獅郎の落胆は消えてくれない。


周りに人がいなければ桃に食い下がりたい気持ちが伝わったのだろうか。まだ離れたくないと駄々をこねる子供を取り成すような笑顔を最後に向けられてしまった。

三人組のあいつらさえ来なければ細やかな彼女との逢瀬が今夜も楽しめたのに。
そう思うと冬獅郎の中にふつふつと怒りのマグマがわいてきた。




「すいませーん、お冷やくださーい!」


…………冷水ぶっかけてやる!





店内から啓吾の脳天気な声がして、冬獅郎は思わず握り拳を作った。




 
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