短編2
□ため息の数5・retrial summer
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retrial summer
*1・雛森
青い空白い雲吹き抜ける透明な風
なんか嫌いだー!!うそだけど。
でもちょっとそう叫びたい気分。
あたし、今日、同級生に拉致られました。誘拐とも言う。
雛森桃、そんなこんなな二十歳。
赤い車の助手席で不機嫌を隠さないあたしを運転席から日番谷君がちらりと横目で見たのがわかった。そして楽しそうに喉を鳴らして笑う。
この人反省してんの?
ちっとも面白くないし…。
「やっぱ混む前に出発して正解だったな。」
「……へーそーですか。」
あたしはブスッとして窓の外に目をやった。
それは今から一時間ほど前のこと。
長かった夏休みも終わり今日は大学が始まって最初の日曜日だ。
雲一つない快晴に日中の暑さを予想して、うんざりのため息一つつきながら布団を干し洗濯機を回して掃除機をかけ、溜まっていた家事全般をあたしは早々に片付けた。
「後はこれを捨てて終了、っと。」
小さなゴミ袋を手にマンションのゴミ集積場に向かう。
そこまではまだ平和だった。今日も残暑は厳しそうだったけど、太陽が真上に来る前にルキアちゃんか誰かを誘って涼しい所に行こうかとぼんやり考えてたくらいだ。
夕べ眠るのが遅かったせいかな。油断してたよ。いや、誰だってゴミ出しする時くらい気ぃ抜くよ。辺りを警戒しながらゴミを出すなんて芸能人しかしやしないと思う。
大きなマンションのゴミ用コンテナの蓋を開け小さなゴミをその中へと放りこんでパタンと閉じたその時、プップッ、と二回鳴らされたクラクションにあたしは振り返り目を剥いた。
「げっ!日番谷!……くん。」
赤いスポーツタイプの車に乗った日番谷氏の登場に足がよろめいた。
運転席の窓硝子の向こうに銀髪が揺れている。ついでに涼しげな翡翠の瞳も相変わらず美しい。それに限り無く無愛想。
何かのポスターから抜け出てきたような格好良さもあたしの中の危険信号の点滅を消すことはできない。
「あわわ…。」
また現われた!
今度はなに?いったい何をやらかそうっての!?心も身体も武装しなければ。
あたしはゴミ集積場にある箒を持って身構えた。
「早くしろ!雛森桃!!」
「ふぇ?」
車の窓を開けるなり日番谷君が大声で叫んだ。
「な、なに!?」
なぜにフルネーム?
「急げ!早く車に乗るんだよ!」
険しい顔の日番谷君は切羽詰まった様子であたしに叫ぶ。尋常でない様にあたしもびっくりして。
「なんかあったの!?」
「いいから!!」
なに!?何事!?
「日番谷君、どうしたの!?」
「わけは後で説明する。いいから乗って!」
「あわわわ、は…、はい!」
緊急らしき彼の様子にあたしは箒をそこら辺に投げ捨て彼の車に乗り込んだ。
「よし、ちゃんと乗ったな!?」
「イェッサー!!」
シートベルトを素早く装着、あたしは日番谷隊長に敬礼した。
途端にギャギャンと急発進した日番谷君の車。強いGに身体がシートに埋まりそうになる。
ちょ…ジェットコースターみたいなんですけど。ここサーキットじゃないですけど…。
あたしは知らず知らず足を踏ん張りシートベルトに縋りついた。この人の運転、相も変わらず油断ならない。
会話もなくどのくらい走っただろうか。
どこかで聞いたことのある音楽が流れる車内であたしはそろそろと彼に尋ねたのだ。
車は軽快に表通りを走って行く。
この人いったいどこに向かってんの?
「あのあの、日番谷君、これはいったいなにが起きたの?大変なこと?」
前を見る日番谷君の横顔に向かって問い掛ける。やってきた時の彼はただならない雰囲気を醸し出していた。
もし誰かが事故にあったとかだったらどうしよう?
家族が倒れたとかの知らせだったら?あ、でもその時は日番谷君より先にあたしの方に連絡が入るか。
悪いことじゃなければいいんだけれど…。
「大変…でもないけど…。」
「一大事!?」
「いや…、そうでもない。」
歯切れの悪い返事しか返ってこない。
車はなぜか高速のゲートをくぐった。
「日番谷君…………どこに行くの?」
「ついてからのお楽しみだ。」
ニヤリと笑った彼。
その顔を見た途端、あたしは瞬時に防御体勢を解いた自分を後悔した。
あたし………部屋の鍵しか持ってない。
しかも着ている服は生地の弛んだルームウェア。時々これは寝間着にも早変わりする便利な代物だ。
やられた………!
無一文のあたしはいつぞやの悪夢を思い出した。