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□100000h感謝「お返事ください」
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その日は雛森と食事に行く約束をしてたんだ。
最近は仕事に追われることもなく割りと定時に帰れることが多かったから久しぶりに行こうかという話になって。
珍しく先に仕事を終えた俺は雛森を迎えに行ったけれどあいつは仕事がまだ当分終わらないと言う。バタバタしてる雛森を見て確かに時間がかかりそうだと思った俺は鈍った身体を動かしてる、とあいつに声をかけ修練場で一人竹刀を振ることにした。雛森と二人で食事なんて本当に久しぶりだから少し高揚した気持ちを鎮めたかったのもあったし。
しん、とした板張りの場内はどことなく厳かで、清廉な気持ちにさせられる。心の中に渦巻くものをなんとかしたくていつになく竹刀を握る手に力が入った。
欲しくて欲しくてたまらないものがそこにある。けれど手に取ることは慎重に。
何万回と繰り返された葛藤、その箍(たが)が最近緩んでる。これは期が熟したというんだろう。それともただの欲求なのか?
いっそ雛森の方から俺の胸に飛び込んできてくれたら、なんて情けない妄想だ。
自身が床を踏み締める音を聞きながら軽く汗をかきはじめた頃、漸く仕事を終えた雛森が顔を出した。
「日番谷君、お待たせ。遅くなっちゃってごめんね。」
「おう。」
戸に手をかけたままの雛森に短く返事をして俺は竹刀を片手に下げる。少し弾んだ息をしている雛森が床に置いていた手拭いに気付いて俺へと持ってきてくれた。
「はい。早く汗拭かないと風邪ひくよ。」
「ああ。今終わったのか?」
「うん。急に一件仕事がはいっちゃって。でも急いで仕上げてきたよ。」
両手で手拭いを渡してくれた雛森はその言葉通り急いで来てくれたんだろう。俺を待たせまいと駆けてきてくれたとわかる。少し乱れた前髪と、まだ落ち着ききらない息がそう俺に知らせてくれた。
「久しぶりに日番谷君の稽古見たなぁ。」
汗を拭く俺の手から竹刀をもぎ取って雛森が軽く素振りのフりをした。
今は竹刀だけれど実戦では彼女の手は愛刀飛梅を握る。
それは何度も見慣れた姿だけれど、細い腕と小さな手に刀はすごくアンバランスだ。闘争などというものにはほど遠い性格の雛森に武具を持たせるものは何だろうとよく考えたことがある。
ただの正義感だけじゃないのだろうと思った時、浮かぶのは温和な笑顔を浮かべる雛森の元上司だった。
藍染
その名前を思い出して知らず知らず俺の眉間に皺がよる。もう二度と雛森と相まみえることのない男だとわかっててもやつの名を思い出すだけで俺の心は騒ぎだす。
雛森が副隊長にまで登り詰めた原動力が奴の存在だったなんて。そう思うと面白くなくて俺は彼女が振る竹刀を手で押さえ止めさせた。
「ふぇ?なぁに日番谷君?」
「もう終わりだ。早く行こうぜ。」
「う、うん。じゃあこれ片付けてくるね。」
「届くのか?」
俺は竹刀が掛けられた壁を見上げて言った。整然と壁に掛けられた竹刀の中から俺が取ったのは一番上のやつだった。雛森が同じ場所に返そうとするならばかなり背伸びしなくちゃならないような位置の。
そんな俺のなに気なく発した言葉に雛森は気分を害したようでぷくりと片頬が膨らんだ。
「届くよ!届くにきまってるでしょ………って………あれ…おかしいな…もう少しなのに…。」
目一杯手を伸ばして頑張る雛森ににやにやしながら見ていた俺だけど、やがて降参したかのように「はぁ」と息を弾ませて振り向いたから堪えきれずに笑ってしまった。
おずおずと俺に竹刀を渡し、唇を尖らせる。年上なのに拗ねた子供みたいな雛森に笑いが止まらない。
「……お願いします。」
「初めからそう言えよ。」
「う………。」
悔しそうに俺を睨む雛森だけど、そんな表情も年上とは思えなくておかしいったらありゃしない。膨れっ面の雛森の唸りを浴びながら俺は竹刀を壁に掛けた。
「日番谷君、本当に大きくなったんだね。」
「今さら感心することか?」
「改めてそう思ったんだもん。ちょっと前まで同じ目線だったのにあっという間に抜かされちゃった。」
「お前が縮んだんじゃね?」
「もう、またそんなこと!」
「はは、本当かもしれないだろ。」
「縮むわけないじゃない!」
「ははは、わかったって、叩くなよ。」
ムキになって俺に手をあげるから、その手首を掴んで止めさせた。それがいけなかったんだ。
久しぶりに掴んだ雛森の手首は驚くほど細かった。