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□60000h感謝記念『ダイブ』
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閉じられた瞼に長い睫毛、眠っている今はトレードマークの眉間に皺も無い。
今では桃を見下ろすくらい大きくなった冬獅郎だが、こんな寝顔は子供の頃のままだ。
「可愛い…。」
思わず呟いて微笑んだ。
きっと疲れているんだろう。隊長の仕事が毎日忙しいのは知っている。加えて夕べは遅くまで二人で…。
そこまで考えて桃は慌ててぷるぷると頭を振った。
愛されていることを疑う余地の無いくらい冬獅郎は桃を愛してくれている。それは夜の行為にも反映されていて、思い出すのも恥ずかしい。
毎晩彼に抱かれて眠るけれど、次の日が休みだという昨夜は特に激しかった。いつも桃よりも早起きな冬獅郎がまだ眠っているというのは珍しく、やはり日頃の疲れに加え夕べの、が原因だろうか。
だったらもう少し早く桃を開放してくれてもいいのに。
「えっち……。」
いつもされているでこピンを軽くお見舞いした。
ぴくんと瞼が僅かに動く。
きっと今のでかなり夢の世界から現実の世界へ戻ってこれたはず。
せっかくの休みなのだからたっぷり寝かせてあげようと思っていたけれど、それでももうそろそろ起きないと昼になってしまう。溜まっていた洗濯物ももう二周目を回り、次はシーツを洗いたい。
「シロちゃん、まだ起きないの?」
冬獅郎が眠る脇に座り、まだ開かぬ瞼を見つめてゆさゆさと旦那様の身体を揺さぶった。
もう今頃の時間から外の気温はグングンと上がり出すのだろう。それでも明け方は少し寒かったから寝室の窓も戸も締め切って寝た。昼前の現在、冬獅郎が眠るこの部屋はなんとなくムン、として、暑い。
「ほら、いくらなんでももう起きて。」
「……もうちょっと……。」
カラリと開けた窓から陽が差しこむ。生温い熱の籠った部屋に爽やかな夏の風が駆け抜けた。
「今日はすごくいい天気だよ。ご飯食べたらどこか遊びに行こうよ。」
ニッコリ笑って旦那様を誘ったら、お前幾つだよ、と返ってきた。目を閉じたまま寝言のように言うのが腹立たしい。
「海とかプールとか言わないから、どこか行こうよ。水遊びに。」
「………海とかプールに行きたいのか………?」
横に寝転んだ冬獅郎の瞼がそこでやっと僅かに開いた。でも覗く翡翠はまだまだ眠そうで。
「だって…乱菊さんのお薦め水着、買っちゃったんだもん。一回は着てみたいよ。」
冬獅郎を見下ろしてモゴモゴと言い難そうに夫に内緒の出費を告げれば朝一番の長い長いため息が吐き出された。
「松本お薦めの水着なんか買うなよ……。」
「す、すっごく可愛いんだよ!乱菊さん、あたしに絶対似合うって言ってくれたもん!」
「……どうせ露出が激しいヤツだろ?返品してこい。」
「ええ!せっかく買ったのに、やだよ!着たい!プール行きたい!」
まだ布団の上に寝転んだままの冬獅郎に力を込めて叫んだら、すっ、と無言で両腕が広げられた。
「……えっ…と……?」
「俺はお前と一日中家にいる方がいい。」
「ふぇ?」
それはつまりもなにも、今日はこの家から一歩も出ずに、夫婦で過ごすという意味か。
静止状態で考える新妻を、今ははっきりと開いた両目で優しく見つめ、もう一度ほら、と広げた腕を揺らし、受け止める体勢だ。
頬のゆるむわがままの言いあいっこ。
本日勝ちを譲ったのは奥様の方。
「もう……今日は折れてあげるんだからね。」
頬を膨らませ、でも笑顔で大好きな人の胸に飛び込んだ。
「……次の休みはいっしょにプール、行こうね。」
「……水着なんか着られねぇくらい痕つけてやるよ。」
「………もう……っ。」
甘えるように夫の胸に頭を預ければ、冷たい水の代わりに少し汗で湿った腕が桃の身体を強く優しく包んでくれた。